翻訳の分子機構

 ゲノム上に書かれた遺伝情報がまずRNAに転写され,そして蛋白質のアミノ酸配列に「翻訳」される.その「翻訳」機能の遂行には多くの蛋白質が関わっている. 私たちはこれらのタンパク質,およびそれらのタンパク質間の相互作用を分子構造学的な解明をめざして,これらのタンパク質や、タンパク質-タンパク質の複合体、タンパク-核酸の構造解析を行っている.

tRNA成熟に関連する酵素の研究

 遺伝情報に基づいた蛋白質の合成は生命活動の根幹をなす生体反応である.この合成反応においては,tRNA分子が遺伝情報の解読因子としてメッセンジャー RNA(mRNA)の遺伝暗号に対応するアミノ酸をリボソームに運搬する重要な役割を担っている.tRNAはDNAから転写される後に,多くの酵素が関わる複雑な成熟化プロセスを受けて,最終的に,アミノアシルtRNAとなり,mRNAのコドンに対応するアミノ酸をリボソームに供給する.このようにtRNAの成熟プロセスは,生命活動と密接に関係した重要な生体機構であり,また,近年の研究により,tRNAの成熟化プロセスが様々な疾患に関連することも明らかになっている.tRNAの成熟化プロセスには,イントロンを除くスプライシングや,種々の官能基を塩基に導入するtRNA修飾,最終的にアミノ酸の付加などがある.
 私たちの研究室では,tRNAのスプライシング処理のtRNAリガーゼ(RtcB),紫外線照射下での細胞増殖抑制に関与する修飾酵素(ThiI),コドン‐アンチコドンの対合精度向上に関与する修飾酵素(TmcA, MiaA),ほぼ全てのtRNAに見られるDihydrouridine修飾を導入する酵素(Dus),さらにアミノアシルtRNA直接、もしくは間接に合成に関連する酵素(AlaXAlaRS, GatCABAsp-transamidosome,transsulfursome)など の機能・構造解析を行っている.特に,核酸を逆方向に伸長させる機能を持つtRNAHisのG-1(5’-endの-1部位のG)付加酵素Thg1,,および 5’末端に欠損したtRNAの修復酵素TLP (Thgl-like-protein)の反応機構も研究している.それらの酵素,およびtRNAとの複合体の結晶構造解析により,それぞれの反応メカニズムの詳細を明らかにし,生命現象の解明や,創薬への応用に分子基盤を提供している.



翻訳開始因子

 生物にとって遺伝子の発現制御は環境適応や発生, 分化などあらゆる生物学的過程において最も重要である.真核生物では転写と翻訳が時間・空間的に分離しており,転写調節に加えて, 転写後の翻訳段階での調節メカニズムが非常に発達している.その中でも最も重要かつ複雑なステップが翻訳の開始段階であり,30余りの翻訳開始因子とリボソームが協調的に作用することで,飢餓,熱ショック,ウイルス感染等のストレスや,記憶,分化, 発生等の生物学的過程に応じて部位・時間特異的に細胞の活動レベルを制御している.翻訳開始段階は大きく分けて eIF1-eIF2-GTP-eIF3-eIF5-Met-tRNAi multi-factor complex (MFC) の形成, MFCと40Sリボソームの結合(43S 複合体), 43S複合体とmRNA 5’末端の結合(48S複合体),開始コドンのスキャニング,および60Sリボソームの結合という段階を経て 伸長段階へと移行する.私たちは,eIF2,eIF5B-1Aを中心としたMFCの 機能・構造解析を行い,特に因子間の相互作用や様々な状態における構造変化を解明することで,翻訳開始反応・調節機構あるいは より高次のプロセスに対して知見を与えることを目的としている.

 


リボソーム蛋白質

 細胞内の蛋白質翻訳装置の本体であるリボソームは RNAと蛋白質が協調して働く生物マシーナリーであり,3~4種類のRNA(rRNA)と50種類以上のリボソーム蛋白質から構成される.全分子量の約3分の1を占めているリボソーム蛋白質は,進化上,非常に起源の古い蛋白質であり,rRNAの構造構築と保護の役割を担い,rRNAが酵素活性を発現するのを助けていると考えられる.さらにmRNAに結合することで翻訳時の発現制御を行なうものもある.つまり,リボソーム蛋白質はRNAと密接なコンタクトを保って,生命現象の根幹である翻訳とその制御に関わってきた蛋白質群であり,その構造には,蛋白質の起源,蛋白質とRNAとの進化上の関連についての情報が潜んでいる.私たちは小サブユニットのリボソーム蛋白質S7,大サブユニットを構成するリボソーム蛋白質L2L5,L13,および大サブユニットに存在しているエネルギーを提供するGTPaseセンターをのPストークの立体構造を決定した.立体構造解析の結果,それぞれの蛋白質の特徴的な構造が明らかになり,蛋白質の進化について,あるいは,リボソームの機能との関わりについて重要な情報を与えた.