研究紹介

光受容タンパク質の分子生物物理学

1)タンパク質=分子機械の仕組みを知りたい!

 細胞内で何らかの役割を果たしている全てのタンパク質は、形を段階的に変えながら、それぞれの機能を発現しています。その様子は「分子機械」と表現されることがあります。私たちは、タンパク質が、なぜ機械のように働けるのか、その仕組みに興味を持っており、仕組みを明らかにすることを目指した研究を行なっています。こういった仕組みを調べる上で、非常に便利な性質を持っているのが「光受容タンパク質」と呼ばれるタンパク質群です。私たちは、光受容タンパク質の中でも、微生物が持っている「ロドプシン」というタンパク質に、特に魅力を感じていて、主な研究対象としています。このロドプシンは、特に、微生物ロドプシンと呼ばれています。

2)分子機械としてのタンパク質の魅力

 分子機械としてのタンパク質の魅力を、上図に示したタンパク質を例として考えてみます。このタンパク質は、細胞膜を隔てて物質(基質)を輸送するタンパク質(膜輸送タンパク質)です。そのようなタンパク質の中でも、基質を濃度勾配に逆らって輸送できるタンパク質(ポンプタンパク質)を想定しています。微生物ロドプシンの中にも、ポンプとして働くタンパク質があり、私たちの重要な研究対象でもあります。
 上の図を見て分かる通り、膜輸送という機能自体は、非常に単純です。基質が、膜の一方から他方へ移動するだけです。しかし、この機能を実現することは容易ではありません。ポンプタンパク質は、ATPの加水分解や光エネルギーのような何らかのエネルギー入力を切っ掛けとして、一連の構造変化を起こします。まず、エネルギー入力を切っ掛けとして、最初にタンパク質の内部を上側の溶液に露出させます。この時、片側の溶液にだけ露出することが重要です。そうでなければ、基質や他の物質のリークを起こしてしまうからです。次に、タンパク質内部に基質を取り込みます。この結合は十分強くなければ、効率よく基質を輸送できません。次の構造変化によって、取り込んだ基質をタンパク質内部で移動させます。先ほどは、強く基質を取り込んだのに、この段階ではその結合を弱めて、タンパク質内部で移動させることができるのです。その次の構造変化を利用して、タンパク質内部を反対側の溶液に露出させ、次いで、そちら側の溶液に基質を放出します。基質を取り込む時とは異なり、こちら側での基質結合は十分弱くないといけません。そうでなければ、やはり効率よく基質を運べないためです。最後にもう一度構造変化を起こして、元の状態に復帰します。基質を一方向(図の上から下へ)輸送するためには、これらの一連の構造変化を、必ず、この順番で行う必要があります。一つでも順番が狂うと輸送できません。タンパク質は、このような規則正しい動きが出来るということです。
 タンパク質は、アミノ酸が繋がってできた1本の鎖です。それが折れ畳まれて、機能を持ったタンパク質が出来上がります。そこへ、ひとたび、エネルギーが入力されると、それ以後は、図に描いたような構造変化を、勝手に、かつ、規則正しく行なって、基質を輸送することができます。この反応を何度でも繰り返すことができます。このように、タンパク質は、まさに「分子機械」と呼ぶのにふさわしい性質を持っています。私たちは、勝手に構造が出来上がるタンパク質が、なぜ、機械のように働けるのかに興味を持っています。

3)研究材料として最適な「微生物ロドプシン」

 多くの生物は、太陽光をエネルギー源や情報源として巧みに利用しています。この光利用を可能にしているのが「光受容タンパク質」と呼ばれる種類のタンパク質です。全ての光受容タンパク質は、可視光線を吸収するための色素を内包しており、この光吸収を切っ掛けとして、タンパク質側の多段階の構造変化を駆動することができます。その結果、光が来たことを他のタンパク質に伝え、最終的に細胞応答を引き起こしたり、光エネルギーを化学的なエネルギーに変換したりできます。
 色素による光の吸収は、一瞬(フェムト秒)で完了します。この光活性化に比べて、後続の構造変化は大変ゆっくり進行します。ですので、時間幅の短い強い光で、光受容タンパク質を一斉に活性化すると、それ以後、これらのタンパク質は、同じタイミングで、同じ状態を経て、反応を進行させていきます。ですので、形が異なる状態(中間体)を、時間を追いながら観測し、それらの中で何が起こっているのかを調べていくことができます。この位相が揃った状態は、光受容タンパク質が光で活性化できるからこそ作れる状態です。他のタンパク質では作れません。そのため、光受容タンパク質は、分子機構の詳細に迫れる非常に優れた研究対象となっています。
 光受容タンパク質の中でも、微生物ロドプシンは、特徴的な地位を確立しています。その名の通り、微生物ロドプシンは、原核生物、真核生物を問わず、様々な微生物に分布している光受容タンパク質です。微生物ロドプシンほど、様々な自然環境に適応した光受容タンパク質はありません。また、この広い分布に対応して、様々な機能を持った微生物ロドプシンが見つかってきています。例えば、a)種々のイオンを能動的に輸送するイオンポンプ型ロドプシン、b)種々のイオンを受動的に輸送するチャネル型ロドプシン、c)光センサーとして働いて、細胞運動を制御するロドプシン、d)光センサーとして働いて、光環境に応じたタンパク質合成を促すロドプシン、e)光でON/OFFする酵素として働いて、光シグナルを増幅するロドプシンなどです。これらの微生物ロドプシンは、全て同じ構造を持っていて、かつ、同じ色素を内包しており、さらに、その色素が起こす構造変化も同じです。それにも拘らず、結果として現れる機能が全く異なります。この性質も、微生物型ロドプシンがもつ魅力の一つです。微生物ロドプシンは、ツッコミどころが満載のタンパク質です。

4)私たちの得意技「フラッシュフォトリシス=過渡応答解析」

 私たちは、フラッシュフォトリシスという測定方法を得意技としていて、この方法を駆使して、微生物ロドプシンの仕組みを調べています。この方法は、フラッシュ(閃光)によってタンパク質を活性化し、その後に起こるタンパク質側の変化を、時間を追いながら観測する手法です。過渡応答解析と呼ばれる測定手法に含まれます。私たちは、タンパク質の中間体を、それらの色の時間変化(過渡吸収分光測定)や、電気的な性質の時間変化(過渡電気化学測定)で追跡することを得意としています。これらの得意技と、アミノ酸変異導入などの手法を組み合わせて、タンパク質の仕組みに迫る研究を行なっています。


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