海水中で強く接着するゲル

交互配列を有する カチオン−π結合ハイドロゲル

静電相互作用を利用した接着は、塩濃度が高い水中では全く働かず、海水や生体内で使える有用な接着剤が望まれています。ここでは特定のモノマー配列を持った共重合高分子ゲルが海水や高塩分濃度の水中で負に帯電した物質に強く接着する結果を紹介します!

岩やガラス、金属などの多くの固体の表面は、海洋環境中で負に帯電しています。こういった環境において静電相互作用に基づく接着は、高い塩濃度によるデバイ遮蔽効果によって全く働きません(図の左)。岩場に住む貝などの生物は、特定のアミノ酸配列を持つタンパク質を生産し[1]、このような環境でも働く静電相互作用に基づいた接着を可能にしています。具体的には、カチオン性のアミノ酸と芳香環を持つアミノ酸が隣り合った配列は、高い塩分濃度の環境でも強い静電相互作用を示します(図の右)。このような配列が制御された合成高分子をラジカル重合で得ることは高分子化学において未だチャレンジングな課題です[2]。

重合の前にカチオンモノマーと芳香環モノマー間の相互作用(カチオン−π相互作用)によって両者があらかじめ隣接した状態から高分子重合を行うことで、カチオンモノマーと芳香環モノマーが隣り合ったコポリマーを重合できることを、私たちは発見しました[3]。 この配列が制御されたコポリマーpoly(cation-adj-π)を得るには2つの必要条件があります。 一つ目は重合前にカチオン−π相互作用によるカチオン/芳香環モノマーの複合体の形成、二つ目は両モノマーのビニリデン構造(C=C二重結合の部位)が同じ(R1=R2)であることです。

上記の条件を満たし、両モノマーが隣り合ったコポリマーpoly(cation-adj-π) は水に溶けることができ、また海水中でハイドロゲルを形成します。一方でカチオンドメイン、芳香環ドメインを持ったコポリマーは水に溶解しません。

このゲルは高強度で壊れても回復する自己回復性を有します。また、海水中で負電荷に帯電した表面に強く接着することが出来ます。この接着は繰り返し可能で、60 kPaの接着強度と30 J/m2の接着エネルギーを達成しています。直径10mm、厚さ1.24mmのpoly(2-(acryloyloxy)ethyl trimethyl ammonium chloride-adj-2-phenoxyethyl acrylate) (P(ATAC-adj-PEA)-0.1)ゲルはガラスブロック(0.49kg)に瞬時に接着し、持ち上げる事ができます(動画)。

本成果は、単純なラジカル重合でありながらモノマーの配列が制御されたポリマーを合成できる貴重な戦略の一つです。このカチオン−芳香環が隣り合った配列を持つ高分子は生体内や海水のような塩溶液環境において使える接着剤として機能するだけでなく、このような高いイオン強度の環境で働く静電相互作用の仕組みを解明する手がかりになります。本研究は、高分子のモノマー配列が物性においていかに重要かを改めて気づかせてくれます。


参考文献
  1. Stuart McLaughlin, Jiyao Wang, Alok Gambhir, D. Murray, PIP2 and Proteins: Interactions, Organization, and Information Flow.Annu. Rev. Biophys. Biomol. Struct. 2002, 31, 151-175.
  2. J.-F. Lutz, M. Ouchi, D. R. Liu, M. Sawamoto, Sequence-Controlled Polymers.Science 2013, 341, 1238149.
  3. H. L. Fan, J. H. Wang, Z. Tao, J. C. Huang, P. Rao, T. Kurokawa, J. P. Gong, Adjacent cationic–aromatic sequences yield strong electrostatic adhesion of hydrogels in seawater.Nature Communications 2019, 10, 5127.

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