秩序構造ゲル
我々の生体の組織をよく観察すると均一な構造はほとんどなく、何かしらの機能と結びついた秩序性、階層性、複合構造などがみごとに活用されています。たとえば、骨格筋では分子モーターであるアクチンとミオシンが同じ大きさの集合体を作り、その集合体は同じ方向を向いて横にそろって並んだサルコメアと呼ばれる単位を作り、多数のサルコメアも周期的に配列して筋繊維を形成し、筋繊維が束になって骨格筋になっています。
このように、いきものから学んだ秩序性を人工物の創製に活用し、高機能性ゲルを生み出したり、そもそもいきものがなぜそのような構造をしているのかといった高度な機能を発現するメカニズムの理解をしたりすることを目的にしています。
構造色ゲル
モルフォ蝶や孔雀の羽に見られる輝くような美しい色は、数百nm~数μm程度の大きさの微細で規則的な構造に由来するもので、”構造色”と呼ばれています。
私たちは、二分子の繰り返し構造をゲルに導入することで得られる”構造色ゲル”について研究しています。つぶしたり引っ張ったりすることで色の変わる”構造色ゲル”は、色の変化で力を感知する”応力センサー”として、力に対するゲルの複雑な応答を理解する手がかりになると期待されています。
自己回復ゲル
DNゲルは当研究室で開発された高い強度を持つハイドロゲルです。PAMPSという硬くて脆いゲルとPAAmという柔らかくてしなやかなゲルを組み合わせてできています。高い強度を示す仕組みは、大変形に対しゲル内部でPAMPSが壊れることでエネルギーを吸収し、全体の形を保つことにあります。このエネルギーを吸収するため壊れる結合をSacrificial bond(犠牲的結合)といいます。DNゲルは一度内部構造が破壊されると元に戻らないという特徴があるため、繰り返しの変形に対し同じ性質を維持することは困難でした。
一方でいきものの骨格が軽くても丈夫な理由をご存知ですか?骨はカルシウムなどの軽い元素からできているから、骨の内部に空洞を作っているから。それだけではありません。実は大きな破壊(骨折)をおこす前に、簡単に回復可能な分子間の結合をたくさん切らねばならず、骨折に至るまでに多くのエネルギーをつぎ込まなければならないのです。これはDNゲルのSacrificial bondと同じ働きです。DNゲルと違うのは一度切れた結合が再結合できるところです。そのため、骨折しない限り短時間で元の強度に回復することができます。
私たちはこのSacrificial bondの概念を模倣して、衝撃吸収性が高く、手軽に自己回復できるゲルの創製を目指しています。
たとえば、SA-AA共重合gelは水溶性のアクリル酸(AA)と疎水性のアクリル酸ステアリル(SA)で構成されています。SA分子は疎水性相互作用により自己集合し結晶構造を形成します。この結晶構造がSacrificial bondとなり、衝撃を与えられた場合、そのエネルギーの一部は結晶ドメイン内の結合を断ち切ることに費やされるため、結果として衝撃を和らげることができます。また、SAの結晶はろうそくのようなものなので、温めれば溶けて再び結合を作り直すことができるため何度でも衝撃に耐えることができるようになります。
PBDTゲル
一般的な高分子は、ひものように曲がりやすい性質があります。しかし、分子構造を制御することで、曲がりにくく剛直な、棒状高分子を得ることが出来ます。こうした棒状高分子は、溶媒に溶かすと分子が一方向に並ぶという性質(液晶性)を示します。
当研究室で開発されたPBDTは、分子内部に-の部位をたくさん持った棒状高分子(ポリアニオン)です。このPBDTと、+の部位を複数持った物質を相互作用させることにより、ゲルに面白い構造を導入することが出来ました。
巨大網目構造を有するゲル
例えば、PBDTの水溶液の中で+の部位をたくさん持ったゲル(ポリカチオン)を合成するとPBDT同士が集合して、通常のゲル網目よりもはるかに巨大な網目構造が形成されます。また、PBDTの水溶液にカルシウムイオン(+を2つ持つ)を一方向から染み込ませると、PBDTがきれいに一方向に並んだゲルを作ることが出来ます。この規則的なゲルを材料に用いて高強度DNゲルを合成すると、引っ張る方向によって物性が異なるというゲルが得られました。
配向ゲルと引張試験写真
参考文献
- 一軸配向ラメラ構造をもつハイドロゲルの構造色とその力学応答. J. Jpn. Soc. Colour Mater., 2013, 86, 290.
- ラメラ構造二重膜を有するハイドロゲルの光学的および力学的特性. 高分子論文集、2013, 70, 309.
- 押して、引っ張って、虹色に輝くゲル. 北大シーズ技術紹介、2013.