力学負荷を受けて自己成長するDNゲル
筋力トレーニングに着想を得た、力学負荷に応じて自己成長するハイドロゲル
背景
生物のからだは不変ではなく,新陳代謝によって毎日少しずつ作り変えられています。この「作り変え」の過程で,からだは環境や力学負荷に適応するように日々変化・成長していきます。例えば,人間の骨格筋(いわゆる筋肉)の大きさや筋力は,筋力トレーニングという力学負荷によって増加していきます。これは,筋肉が作り変えられるときに,大きな負荷を受けた筋肉をより大きく,強く作り変えるしくみがあるためです。
このような生物のからだの作り変えは代謝反応によって引き起こされており、ごく簡単に言えば以下の三要素からなっています。( )内は筋肉の場合の具体例です。
- 栄養の取り込み(アミノ酸の取り込み)
- 元の構造の分解・破壊(トレーニングによる筋繊維の部分的破断)
- 元の構造の破壊が引き起こす,新たな構造の合成(筋肉の再生・強化)
一方,一般的な金属やプラスチックなどの人工材料はこれらの要素を有していないため、構造の作り変えが起こらず,使用環境に応じて性能が向上することはありません。構造の作り変えによって成長し,使用環境に応じた性能を自発的に獲得する人工材料を実現するためには,
1~3のすべての要素を有する材料を作らなければなりません。
研究手法
この問題に対し,我々は当研究室が開発した強靭ゲルであるダブルネットワーク(DN)ゲルに着目しました。DNゲルは,代謝反応に必要なすべての要素を満たす稀有な材料と言えます。
まずハイドロゲルは一般的な固体材料と異なり,外環境にある様々な水溶性の物質を内部に吸収できます。ハイドロゲル(DNゲルを含む)中の高分子網目はモノマーを基に作られますので、モノマーを溶かした水にDNゲルを漬けておくことにより,DNゲルは内部に“栄養”(モノマー)を取り込むことができます。さらにDNゲルは,通常のハイドロゲルとは異なり、元構造の破壊により新たな構造の形成を引き起こす機構を有しています。DNゲルは,脆い網目とよく伸びる網目の複合体であり,力学負荷を受けた際,内部で脆い網目がたくさん壊れることが知られています。我々は,この過程で大量の「ラジカル」と呼ばれる化学種が生じることに着目しました。ラジカルにはモノマーを重合する能力があるので,モノマーを含んだDNゲルに力学負荷を加えると,構造破壊が起こると同時に内部のモノマーが重合して新しい構造(高分子網目)が合成されるのです。
研究成果
モノマー(栄養)を取り込んだDNゲルに力学負荷を加え,DNゲルの成長を促しました。DNゲルにモノマー類を含ませて引張力を与えたところ,延伸後のDNゲルの強度を元の1.5倍に,弾性率に(硬さ)を最大で元の23倍に増大させることができました。
このとき,DNゲルに含まれていたモノマーのおよそ90%が重合反応に使われ,実際にDNゲル内部の高分子重量は延伸によって86%も増加していました。本結果から,モノマー類を含んだDNゲルに力学負荷を加えると,内部で発生したラジカルを起点として新たな高分子網目を合成する化学反応が起こり,ゲル網目の重量とゲルの強度が大きく増大することがわかりました。このようなDNゲルの構造の作り変えは,何度も繰り返すことができます。DNゲルにおもりを取り付け,モノマー水溶液中で繰り返し延伸してみると,初期状態のDNゲルは比較的柔らかく,一度目の延伸時にはおもりを持ち上げられません。一方で,二度目の延伸時には,先の延伸によって新しい高分子網目が内部で重合されたためにDNゲルが強化され,おもりを持ち上げられるようになりました。三度目の延伸時には,DNゲルがより強く,硬くなっており,より高い位
置までおもりを持ち上げられました。本現象は、繰り返しのトレーニングによる筋肉の強化と類似した現象であると言えます。
今後への期待
従来,力学負荷によって生じたダメージを「回復する」自己修復材料は報告されていましたが,生物のように“栄養”を取り込み,力学負荷を受けて自身の重量・強度を「向上させる」材料はこれまでに例がありません。このような自己成長する材料は,負荷が大きい部位を自発的・選択的に強化する長寿命材料や,損傷・劣化部位が可視化されることによる製品の品質管理などへの活用が期待されます。また本成果を契機に,力学刺激に応じて自発的に強度・機能の向上や最適化を行う機構を持つソフトロボットの創製などの,未来のモノづくりが始まるかもしれません。
参考文献
- T. Matsuda, R. Kawakami, R. Namba, T. Nakajima, J.P. Gong, “Mechanoresponsive self-growing hydrogels inspired by muscle training,” Science, Vol. 363, Issue 6426, pp. 504+508, 2019.