ソフト・ハード複合ゲル
柔らかいハイドロゲルと硬い材料の複合化は、その力学物性を大幅に向上させることができるだけでなく、機能的な構造材料を作製する上で適した方法です。ここでは、異なる物性の2つの材料を複合させる際の課題を解決する手法と得られた複合材料の機能を紹介します。
1. 繊維織物−ハイドロゲル複合材料
繊維強化プラスチック(FRP)に代表されるように、繊維で高分子材料を強化する手法は、力学物性が劣った材料の強度と靭性を高めるための一般的な方法でした。FRPは、硬い炭素繊維またはガラス繊維を熱硬化性樹脂に含浸させたのち、熱処理をして樹脂を硬化させて得られます。この複合材料は、柔軟性がありませんが、その高い強度を利用して建築材料から飛行機の翼までの幅広い用途に使用されています。一方で、興味深いことに多くの生体組織は、柔らかい細胞外マトリックスの中にコラーゲン原線維などの硬い生体高分子を持った複合構造を形成しています[1]。FRPと比較すると、硬い強化相と柔らかいマトリックス相との硬さの比は、生体組織の方がはるかに大きいです。これまでに、このような生体組織の構造を模倣した材料の創製は、ハイドロゲルをマトリックスとして試されてきました。しかしながら、ハイドロゲルやゴムのような柔らかい材料と金属・セラミックス・プラスチック樹脂のような硬い材料を複合させることは容易ではありません。ハイドロゲルは周囲の環境に対応して大きく膨潤もしくは収縮し、硬い強化相との界面に大きな応力集中を引き起こすので、これら異種材料の複合は大きな課題がありました。
1-1. 繊維強化両性電解質ハイドロゲルにおける相乗強靭化機構
ハイドロゲル等の柔らかいマトリックスの膨潤を克服するために、私たちは、カチオン性モノマーとアニオン性モノマーの共重合から成る両性高分子電解質ゲルをマトリックスとして使用することで解決しました[2][3]。両性高分子電解質ゲルは強靭な粘弾性ゲルの一種で、 作製時と水中における平衡膨潤時で体積変化が比較的小さく、さらに可逆的な接着性を持っています。例えば、僅かに負に帯電したガラス表面との間で静電相互作用を形成することができます[4][5]。これらの特性により、これまで課題とされてきた柔らかいマトリックスと硬い強化相間の構造ミスマッチを克服することができます[6]。
写真と動画は、両性高分子電解質ゲルとガラス繊維布との複合材料です。この複合材料の靭性は、ゲル及びガラス繊維布単体のものと比べて一桁以上大きい値を示しました。従来のゲルは人の指で容易に壊れ、複合されていない繊維は容易にバラバラになります。 10万J/m2を超える引き裂きエネルギーは炭素鋼より高く、優れた靭性を有することがわかります[7]。
この高い靭性にもかかわらず、この複合材料は依然として柔軟であり、曲げたり複雑な形状に成形したりすることができます。 マトリックスの両性高分子電解質ゲルは約50%の水を含み、軟骨などの荷重を支える生体組織の水分量に近いため、生体材料としての用途が期待されます。
2. マイクロスケールのダブルネットワーク構造を有する複合材料
当研究室で開発された高強度・高靱性ダブルネットワーク(DN)ハイドロゲルは、硬くて脆い網目と柔らかくてよく伸びる網目の2つの異なる物性の高分子ネットワークが互いに入り組んだ構造から出来ています[8][9]。ゲルが壊れる際、脆い網目が広範囲で優先的に壊れることで大きなエネルギーを散逸させ、亀裂の成長を防ぐ働きをします。これまでのDN ゲルは、分子スケールの小さな構造でしたが、私たちは、このDN原理がいかなるサイズスケールでも普遍的に働くかを検証するために、センチメートルスケールのDN構造を持つ複合材料を作製しました。このようなDN構造のサイズの普遍性を実証することは、優れた構造材料を作製する新たなアプローチに繋がります。
2-1. 高強度・高靱性・自己修復する低融点合金を犠牲結合とした複合材料
先述のガラス繊維布とゲルの複合材料でも述べましたが、水の中で大きく膨潤するハイドロゲルと、大して体積が変わらない剛性のある補強フレームとの間の膨潤ミスマッチは、このような材料を作る上で最も大きな課題の一つです。先程は、ゲルマトリックスの膨潤やフレーム材料との接着性に注目しましたが、ここではフレームを一時的に柔らかくしてミスマッチを解消するアイデアを紹介します。私たちは、硬いフレーム材料に、比較的低温に融点を持つ(70,80℃以下)低融点合金(LMA)を使用しました[10]。私たちは、このLMAでグリッド状のフレームを作製し、このフレームとゲルからなる複合材料を作製しました。この複合材料を室温の水に入れると、ゲルは膨潤しますがフレームは変わらず、大きな構造ミスマッチが生じます。しかし、その材料をお湯に入れると、金属が固体から液体へ相転移することでミスマッチが解消します。室温に戻すとLMAは再び固体となり、構造のミスマッチのない複合材料を作ることが出来ます。
このLMA−ゲル複合材料は、DNゲルと同様に、それぞれ単体の材料に比べて飛躍的に強靭が向上しました。引張試験の写真にあるように、硬いLMAフレームが優先的に広範囲に破壊されている様子が観察されました。さらに興味深い性質として、このLMAが壊された複合材料をお湯に入れておくと、破壊された固体のフレームが液体となって再び繋がり、元のLMAの構造に戻ることができるため、極めて高速の自己修復性を有します。このように、LMAをフレームに用いることで、膨潤のミスマッチを解決できるだけでなく、自己修復性も付与することが出来ました。また、金属部分は電気を通すことができるため、様々なエレクトリックデバイスへの応用が期待できます。電気を流すことで、ゲル内部での電気分解反応を起こすことができ、壊れることで電気の流れを止めるヒューズのような性質を示します。また、液体状態にしたLMAをマトリックスから取り除くことで、簡単に流体デバイスを作製することが出来ます。
このように、LMA−ゲル複合材料は、優れた力学物性と多くの独特な物理的性質を有します。 私たちは、マクロスケールのDN効果のさらなる実証を材料や構造を変えて進めています。
参考文献
- U. G. K. Wegst, H. Bai, E. Saiz, A. P. Tomsia, R. O. Ritchie,Nat. Mater. 2015, 14, 23.
- T. L. Sun, T. Kurokawa, S. Kuroda, A. Bin Ihsan, T. Akasaki, K. Sato, M. A. Haque, T. Nakajima, J. P. Gong, Nat. Mater. 2013, 12, 932.
- A. Bin Ihsan, T. L. Sun, S. Kuroda, M. A. Haque, T. Kurokawa, T. Nakajima, J. P. Gong,J. Mater. Chem. B 2013, 1, 4555.
- C. K. Roy, H. L. Guo, T. L. Sun, A. Bin Ihsan, T. Kurokawa, M. Takahata, T. Nonoyama, T. Nakajima, J. P. Gong,Adv. Mater. 2015, 27, 7344.
- P. Rao, T. L. Sun, L. Chen, R. Takahashi, G. Shinohara, H. Guo, D. R. King, T. Kurokawa, J. P. Gong,Adv. Mater. 2018, 30, 1801884.
- D. R. King, T. L. Sun, Y. Huang, T. Kurokawa, T. Nonoyama, A. J. Crosby, J. P. Gong,Mater. Horizons 2015, 2, 584.
- Y. Huang, D. R. King, T. L. Sun, T. Nonoyama, T. Kurokawa, T. Nakajima, J. P. Gong,Adv. Funct. Mater. 2017, 27, 1605350.
- J. P. Gong, Y. Katsuyama, T. Kurokawa, Y. Osada,Adv. Mater. 2003, 15, 1155.
- J. P. Gong,Soft Matter 2010, 6, 2583.
- R. Takahashi, T. L. Sun, Y. Saruwatari, T. Kurokawa, D. R. King, J. P. Gong,Adv. Mater. 2018, 30, 1706885.