がん細胞が組織を壊しながら広がる現象を浸潤と呼びます。私は浸潤が起きる仕組みを明らかにし、それをがん治療に活かすことを目指しています。
放射線照射後に浸潤能を獲得するがん細胞
放射線治療は現在のがん治療になくてはならない治療法です。放射線治療では放射線をがん細胞に照射することによりそれを殺します。その一方、放射線の照射後に生き残るがん細胞も存在することがわかってきました。しかし、放射線照射後に生き残ったがん細胞がどのような性質を示すのかはあまりわかっていませんでした。
私たちは、放射線照射後に生き残ったがん細胞が高い浸潤能を獲得することを明らかにしました(Ishihara et al., Biochemical and Biophysical Research Communications 2010; Ishihara et al., FEBS Letters 2013)。がん細胞をコラーゲンのゲル中に埋め込み、シャーレ中で培養して動画撮影することによって、がん細胞の浸潤能を評価する実験方法をつくりました。非照射の細胞に比べて、放射線照射後の細胞の方が突起を伸ばしてゲル中を運動、つまり浸潤している様子がわかります(図・動画:非照射のがん細胞(上)、照射後に生き残ったがん細胞(下))。
浸潤を引き起こす分子:ATF5
私はがん細胞が浸潤を引き起こす分子機構の解明も目指しています。浸潤する能力が低いがん細胞にATF5という分子を高発現させると、その細胞の浸潤能が上がることがわかりました(図・動画:ATF5低発現(上)、ATF5高発現(下)、Ishihara et al., Oncotarget 2015; Ishihara et al., Aging (Albany NY) 2015)。また、浸潤に関与することが知られているインテグリン・ミオシンなどの分子をATF5が制御することも発見しました。
現在は、がん細胞が浸潤するための詳細な分子機構の解明を目指しています。また、がん細胞同士が接着して集団として浸潤する仕組みや、浸潤とメカノバイオロジーとのかかわり(後述)などについても研究を進めています。