模様がうきでるゲル

巨視的異方構造ゲル

ハイドロゲルは、そのソフトでウェットな性質により生体との親和性が高く、生体材料としての応用が期待されています。加えて、2003年に我々のグループが高強度ダブルネットワークゲル(DNゲル)を開発したことにより、生体軟骨に匹敵する強度をもつゲルが得られたため、ゲルの生体構造材料としての応用が現実味を帯びてきました。しかし、実際の生体組織は力学強度の他にも様々な機能を併せ持っています。例えば、生体軟骨はスムーズな関節の動きを保障する低摩擦性、大きな衝撃にも耐えられる靱性(タフネス)、軟骨自身と骨とを強固に結ぶ高接着性を同時に発現しています。これらの多彩な機能は、軟骨中のコラーゲン線維(剛直な高分子)が軟骨表面では横に、骨との界面では縦に配向するという、巨視的(mmオーダー)な異方構造によって発現していると考えられています。しかし従来、複雑な巨視的異方構造をゲルに導入する技術はなく、ゲルに多くの機能を持たせることは困難でした。そこで我々の研究室では、コラーゲンのような剛直な高分子用いて、ゲル内部に巨視的異方構造を導入する研究を行っています。

剛直な高分子の構造形成

本研究ではモデル系として、アニオン性の剛直性高分子Poly(2,2’-disulfonylbenzidine terephthalamide) (PBDT)とカチオン性の電解質ゲルPoly N,N-dimethyl aminopropyl acrylamide methyl chloride quaternary (PDMAPAA-Q)を用いています。合成されたゲルの内部では、図1に示すように、ゲルのネットワークの内部に棒状の高分子であるPBDTが埋め込まれた状態になっています。2012年に、本ゲルを水中で膨潤させることで、ゲル内部に生じる応力場に応じてPBDT分子が配向していく現象が発見されました。1)

この配向構造は、偏光顕微鏡を用いた複屈折の観察により確認することができます。(図2) 観察されるは格子状の規則的なパターンは、ゲルの膨潤ミスマッチに基づく内部応力場によって誘起されていると考えられています。このミスマッチは、ゲルの表面近傍と内部との間の膨潤速度差に起因しています。しかしながら、なぜ格子状の応力パターンが出現するのかは現在研究中です。

巨視的かつ自由度の高い構造制御

上記の構造形成原理を考慮すると、PBDTの配向を制御するためにはゲルの膨潤挙動を制御する必要があります。そこで、ゲルの膨潤能力が架橋密度と関係していることに着目し、フォトリソグラフィーのテクニックを用いて空間的に密度の異なるゲルを作成しました。その結果、確かに空間的に膨潤度の異なるゲルが得られました。(図3)

マスキングをした部位はマスキングしなかった部位より大きく膨潤するため、膨潤のミスマッチが生じます。これに伴って、両部位の界面で大きな応力場が誘起され、これに応じて剛直性高分子であるPBDTが配向していくことがわかりました。この原理を用い、マスキングの模様をデザインすることで様々な巨視的な秩序構造をゲルに導入することができました。2) 特にストライプのマスキングを用いたものは興味深く、軟骨中のコラーゲン線維のようにPBDT分子が互いに垂直に並ぶという極めてユニークな構造を導入することができました。(図4)

構造の安定性

ゲルのネットワークに存在しているカチオン性の官能基とPBDT分子中に存在しているアニオン性の官能基がイオン結合を形成することにより、一度形成されたPBDTの配向構造は保存されることが確認されています。加えて、本ゲルをダブルネットワーク化した後も内部の構造は安定であり、延伸して変形させた後も初期の構造を保つことができています。(動画1,2)

将来展望

今後、様々な生体組織の構造をヒントに多彩な構造を持つゲルを創製することで、新たな材料イノベーションが期待されます。また、本研究を通じて、「生体の秩序構造形成メカニズムの解明」という学理的に重要なテーマにも迫れることが期待されます。


参考文献
  1. Arifuzzzaman, Md., Wu, Z. L., Kurokawa, T., Kakugo, A. & Gong, J. P. “Swelling-induced Long-range Ordered Structure Formation in Polyelectrolyte Hydrogel”. Soft Matter 8, 8060-8066 (2012).
  2. Riku Takahashi, Zi Liang Wu, Md. Arifuzzaman, Takayuki Nonoyama, Tasuku Nakajima, Takayuki Kurokawa & Jian Ping Gong, “Control Superstructure of Rigid Polyelectrolytes in Oppositely Charged Hydrogels via Programmed Internal Stress”, Nature Communication, 5, 4490 (2014).

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