脳のように情報を記憶するゲル

忘却能力を持つ動的記憶素子の構築

ソフトマターである私たちの脳に保存されている記憶は、常に変化する動的なものであり、脳は自発的に重要でない情報を選別して忘れます。これと対照的に、硬い材料で作られた既存の人工記憶素子は静的であり、外部からの刺激がなければ記憶を忘れることができないため、動的な記憶を人工材料で再現することは困難です。私たちの研究室は、たくさんの動的結合(イオン結合や水素結合など)を形成する物理ゲルを用いて脳の動的記憶機能を模倣することに成功しました。[1] エンコードされた情報は、記憶させる強さ(=熱をかける時間)に応じて忘却する時間が制御できます。

1. 熱による記憶

この高分子ゲルは、カチオン性モノマーとアニオン性モノマーの共重合から得られ、動的結合の一つであるイオン結合を有していて、高分子間を擬似的に架橋しています。温度が低いときは強く多量の結合を形成していますが(i)、温度を上げると、イオン結合による架橋構造が弱まり、ゲルが水を取り込んで膨潤します(ii)。この膨潤過程は比較的速く進行します。このゲルをもう一度冷却すると、イオン結合は速く再形成されますが、水を排出して元のサイズに戻る過程は非常にゆっくりです。このとき、構造が不安定化し、高分子と水の分布に濃淡ができ、ゲルは白濁します(iii)。ここからゆっくりと時間をかけながら収縮し、元のサイズ、元の構造に戻っていき、ゲルは徐々に透明になります(iv)。

2. 自発的な記憶の忘却

この現象を利用すると、情報の記憶と時間経過による忘却ができます。下の絵では、先程のゲルの両面に熱伝導性の低いプラ板を貼っています。このプラ板の一部に「GEL」の文字がくり抜いてあり、この部分だけ、外部の熱変化を感じます。このゲルを、先程と同様に冷水に漬けた後、温水に漬けることで情報を記憶させます。再び冷水に漬けると、文字の部分のみ白濁させ、情報を表示することができます。このまま放置すると、文字は次第に消えて情報が忘れられます。

実際の写真と動画を示します。ここでは飛行機の形にプラ板をくり抜いています。冷水に漬けた直後は、記憶させた部分のみ白濁しています。このあと約4.5時間ほど時間をかけてゆっくりと白濁は消えていき、周囲の温度処理をしていない部分と同じ構造に戻ります。ゲルを温浴に浸す時間が長いほど、白濁は強くなり、忘却する時間も長くなります。また、記憶させるときの温度が高いほど、同様に記憶が強まります。この現象は人間の記憶によく似ています。何かを学ぶのに時間がかかるほど、または感情的な刺激が強いほど、それをなかなか忘れることはありません。

3. 順次的な記憶の忘却

さらに興味深いことに、忘却過程は、熱処理時の時間や温度によって調整することができるため、目的に合せて忘却時間をプログラミングできます。 たとえば、「GEL」の各文字に異なる熱処理による学習時間を適用すると(「G」、「E」、「L」はそれぞれ26、18、12分の熱処理)、文字は、学習時間の短いものから順番に消えていきました。


参考文献

Chengtao Yu, Honglei Guo, Kunpeng Cui*, Xueyu Li, Ya Nan Ye, Takayuki Kurokawa, Jian Ping Gong*. Hydrogels as dynamic memory with forgetting ability. Proceeding of the National Academy of Science of the United States of America 2020, 117, 18962-18968.

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