噛み切れないゲル

超強靭ゲル

生物は骨や歯などの硬組織を除けば、水を含んだゲル様の組織で出来ています。しかし同じゲルでも、私たちが作ることが出来るのは豆腐やゼリーのようなとても生物にはかなわない貧弱なものでした。しかし当研究室では様々な戦略により、多量の水を含みながらも極めて丈夫なゲルを数多く作り出しています。また、これらの研究からゲルを強靭化する一般的な指針である「犠牲結合原理」を提案しています。

ダブルネットワークゲル:その強さと高強度化メカニズム

強電解質で硬くてもろいPAMPSという種類のゲルと、中性でよく伸びるPAAmという種類のゲルを組み合わせることによって、水分を90%も含んでいるのにゴムに匹敵する強さを示す、超高強度ダブルネットワークゲル(DNゲル)の創製に成功しました[1]。

DNゲルは、10~60MPa(100~600kgf/cm2) という、非常に高い圧縮破断応力を示します。身の回りのもので分かりやすく例えると、1円玉のサイズのDNゲルに最大で30人の大人が乗ったとしても壊れない!のです。これは、DNゲルの材料となる各単一網目ゲルの圧縮破断応力(0.3~0.6MPa, 3~6kgf/cm2)のおよそ100倍もの強さです。また、DNゲルは非常に伸縮性のある素材でもあり、ある種のDNゲルは元の長さの30倍まで伸ばすことが可能です。 こうしたDNゲルの強さの秘密は、性質の異なる2種類の網目が互いに助け合い、亀裂の進行を抑えることにあります。DNゲルに力が加わると、まず硬くてもろいPAMPSゲルに亀裂が生じます。普通のゲルの場合、この1つの小さな亀裂が一瞬で全体に広がり、壊れてしまいますが、DNゲルの場合、よく伸びる PAAmゲルが壊れたPAMPSゲルをつなぎとめるために亀裂は進行せず、むしろ多くの小さい亀裂がゲル内に生じます。これら多くの亀裂によってゲルに加えられた力が分散されるため、DNゲルは高い強度を示す、と考えられています [2]。

現在ではダブルネットワークゲルのメカニズム理解が進み、多様な化学種のダブルネットワークゲルを合成することが出来るようになりました。例えば高強度DN ゲルは、合成素材からのみならず天然素材からも作ることが出来ます。その材料となるのが、酢酸菌が作り出すバクテリアセルロースゲル(BCゲル)と、動物由来のゼラチンゲルです。BCゲルは高い引っ張り強度を示しますが、内部に水を閉じ込めておくことが出来ません。ゼラチンゲルは多量の水を含むことが出来ますが、軽く押しただけで壊れてしまいます。これらの2種のゲルを組み合わせ、互いの弱点を補わせることにより、内部に水を保持しつつ非常に優れた物性を示すBC/ゼラチンDNゲルを合成することが出来ました。

アキレス腱に匹敵!硬くて強い天然高分子ゲル

腱は、筋肉と骨をつなぐ結合組織であり、身体の運動を支えるうえで極めて重要な役割を果たしています。腱は極めて硬く、丈夫な含水組織であり、腱に匹敵する強度を持つ人工ゲルを合成することは困難でした。我々は生体高分子ゲルを伸張させた状態で乾燥→再膨潤させることにより、ゲル内部で生体高分子が一方向に配列したゲルを得ることに成功しています[3]。本材料はアキレス腱に匹敵する硬さと強度を示しながら、60%という高い含水率を有しており、腱の代替材料としての研究が期待されます[4]。

自由成型DNゲル

高い力学物性と優れた軟骨再生能を誇るDNゲルですが、その形を決めているPAMPSゲルが脆いために自由な成型が出来ないという問題がありました。再生医療などへの応用に際し、自由な形状に成型可能であることは強度と並び非常に重要です。近年、微粒子化させたPAMPSゲルを用いる方法や、PVAという種類のゲルを鋳型として用いる方法などによって、自由な形状を持った高強度DNゲルを合成することに成功しています。


参考文献
  1. Gong, J. P.; Katsuyama, Y.; Kurokawa, T.; Osada, Y. Adv. Mater. 2003, 15, 1155.
  2. 中島祐・古川英光・黒川孝幸・田中良巳・龔 剣萍:高分子論文集、2008, 65, 707.
  3. Md. Tariful Islam Mredha, Takayuki Nonoyama, Tasuku Nakajima, Yun Zhou Guo, Takayuki Kurokawa, Jian Ping Gong*, Adv. Mater., 30(9), 1704937 (2018).
  4. Yun Zhou Guo, Tasuku Nakajima*, Md. Tariful Islam Mredha, Hong Lei Guo, Kunpeng Cui, Yong Zheng, Wei Cui, Takayuki Kurokawa, Jian Ping Gong*, Chemical Engineering Journal, 428, 132040 (2022).

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