北海道大学大学院先端生命科学研究院 細胞ダイナミクス科学研究室(第3研究室)先端融合科学研究部門 

研究「放射線耐性をもつ、がんの悪性化について」

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がん細胞を無力化するアプローチとは?

res_2_01 放射線への耐性を持つ肺がんが、どのように悪くなっていくのかという研究をしています。
こちらの図は、全世界のがんによる死亡者数です。2007年には790万人、それが2030年になると、だいたい1,150万人を超えるだろうと言われています。日本ではもう何十年も前から死因の第一位が、がんです。今や世界中の人々が、がんを治したいと思っています。

 がんはどのように発生して進行するのか、現在の治療法とその弱点は何かというお話のあと、がん治療法の改善を目指してどういう研究をしているかをお話いたします。

 まず、がんを知るためには人間がどのように出来ているかを知る必要があります。動物も含めて生き物は、個体というものが一番大きな単位と言われています。私たちで言うと、ヒトが個体です。個体は、臓器というものが集まって出来ています。呼吸をするための肺、血液を送り出すための心臓、食べたものを分解するための胃などですね。臓器は、主に細胞というものが沢山集まって出来ています。

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 こちらは研究室で撮った写真ですが、この細胞の大きさは、だいたい0.1ミリです。1ミリの十分の一にも満たないくらいのものが、沢山集まっています。
さらに近寄って見てゆくと、細胞はタンパク質という機能を持つ分子などから出来ていて、それを作るために必要なのが、DNAと呼ばれるものです。大まかにいいますと、タンパク質は細胞の部品、DNAはその設計図にあたります。
たとえば細胞が動くための足となる部品や、増えるために必要な部品がありまして、それらを作る設計図は細胞の中に入っています。設計図(DNA)を元に部品(タンパク質)を作るというのが、生き物を作る基本的な流れになります。
これはがんを知る上でかなり重要なので、ぜひ押さえていただきたい部分です。

がんはどのように発生し進行するのか

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 こちらの図は、正常な組織や臓器をあらわしています。
イメージとしては、血管の断面です。
血管は細胞が集まってチューブ状になっており、その周りに、コラーゲンやヒアルロン酸といったサプリでよく聞くようなものが沢山ありまして、これが正常な状態なんです。

res_p_10 がんが起こる時は、まず、細胞に刺激が加わる事からはじまります。
たとえば、たばこの成分やアスベスト(以前話題になりましたね)のように「発がん性物質」と言われるものや、日常的なものとしては日光に含まれる紫外線など、そういうものが刺激になります。

res_p_11 その刺激で細胞が傷ついてしまうのですが、どこが傷つくかといえばDNA、設計図です。
設計図に傷がつく……つまり書き換わってしまうので、その結果どうなるかといいますと、変な部品が作られるんです。それで、がん細胞が生まれます。

res_p_12 がん細胞は、まず無限に増えようとします。増え続けると塊が出来て、これを腫瘍(しゅよう)といいます。ただこれは、がん細胞の塊ではありますが、がんではありません。ちょっと複雑ですね。
たとえばほくろは、ほくろの細胞を詰めただけで固まったまま動かないので、何も問題ありません。しかし、がんは動き回って周りを壊す存在です。

res_2_03 増えたがん細胞が動き出すと、周りの組織や臓器(肺や胃)を破壊し、さらに増えながら体内を移動してゆきます。これが浸潤(しんじゅん)と呼ばれる現象で、がんの性質の中でも非常に重要です。
こうしてがん細胞たちは次々と、体のいたる所で腫瘍を作ってゆきます。もともと発生した腫瘍を原発巣(げんぱつそう)、そこから離れて腫瘍を作る事を転移(てんい)といいますが、なぜか重要な臓器に転移することも多く、たとえば脳や肺など、生命維持に大きくかかわります。脳なら記憶がなくなって動けなくなりますし、肺なら壊されたら息ができなくなります。そして命を奪うというのが、世界で一番多い死因、がんです。

がんの治療法と、その弱点とは?

 がんを治すにはどうすればいいか、というお話です。現在、治療法はいくつかありますが、それぞれに長所と短所があります。

がん治療の方法 有名な治療法が3つあり、まず1つ目が、外科療法。これは非常にシンプルで、手術で体を開いてがんを直接取ってしまうというものです。全部取れれば完治できるのですが、見落とす可能性もあり、一番の弱点は体への負担が大きい事です。たとえば腫瘍全体を取り除こうとすると、臓器がほとんど残らなくなってしまう事もあります。
2つ目が、化学療法。抗がん剤を点滴や口から飲んで、薬でやっつけます。これは全身に効果がありますが、副作用が大きいのと、効かないがん細胞もけっこういると言われています。
最後の3つ目が、放射線療法。放射線を当ててがんを殺すというものです。体を切らない治療は負担が小さくてすむのですが、放射線の当て方次第では、がんが悪くなることもあるということが分かってきました。そこが研究の着目点なので、詳しく説明いたしますね。

生き残ったがん細胞は、本当にパワーアップするのか?

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 この写真はがん細胞です。放射線を当てると、ほとんどのがん細胞は傷がついて死にます。じゅうじゅうと焼かれている感じですね。しかし、ごくまれに生き残るものがいて、ふたたび腫瘍を作り、しかもそれは前よりも悪くなるという話があります。これは1991年に論文で報告されていたのですが、実際のところがよくわからなかったので、まず本当にがん細胞は放射線の後に生き残るのか、そして悪くなるのか? という部分を確かめました。

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 ここからは、実際に行った研究のお話になります。
がん細胞に放射線をバーンと当てた後に顕微鏡で見てみますと、大きな細胞はほぼ死骸みたいなものですが、注目は写真の右上、ゴチャッと固まっていませんか。これは、がん細胞が増えて塊になった腫瘍のようなものです。放射線をそれこそ絨毯爆撃のように、くまなく当ててはいるのですが、それでも復活してくるんです。それも腫瘍のような部分だけ取り出して培養(細胞を飼って増やすこと)をすると、放射線を当てる前と見た目はほとんど変わらない状態に戻ってしまいます。確率としては1%以下と低いのですが、がん細胞を殺し尽くそうとしてもまた復活してしまう場合がある事がわかりました。これは、2010年に論文として報告しました。

res_2_04 次にそれが、より悪くなるのかどうかを確かめました。
悪いというのは色々な判断基準がありますが、私たちが注目しているのは浸潤です。先ほどもお話しましたが、がんはただ増えてそこにいる分には良いのですが、周りを壊し始めるのは良くない。そこで、放射線を当てたがん細胞を体内に近い環境に置いて、どの程度、周りを壊して動くのかを調べました。

 これはコラーゲンに囲まれたがん細胞の写真です。
上の写真は放射線を当てていないものですが、その場でプルプル震えている感じで、動く気配はありませんでした。一方、その下の放射線に耐え抜いたがん細胞は、手足を伸ばすように周りを壊して、ぐるぐる動いていました。明らかに悪そうで、より活発になってしまった。つまり、放射線に耐えて生き残ったがん細胞は、より浸潤する力が上がっていた、という事がわかりました。これも2010年の発表になります。

動き回るがん細胞を止めるヒント、3つの要素

 では、どのような仕組みでがん細胞は浸潤するのかという研究のお話です。これがわかれば浸潤の仕組みに働きかけて、がん細胞の動きを止められるのではと、そして将来的にはがんの治療薬に活かす事を目標にしています。

 着目した点が3つあります。
1つ目が、細胞と組織の接着です。細胞が動くためには周囲を掴む必要があるので、それがどのようになっているかを調べました。
2つ目は、細胞が出す力です。いわゆる筋力みたいなもので、走るためには足がいる、登るためには手がいる、というように細胞が出す筋力みたいなものがあるかどうか調べました。
また3つ目は、放射線に耐える能力です。実は、いくつかの細胞は放射線に耐えやすいという事がわかっていまして、それらがよく出している特徴があるんです。それを詳しく掘り下げました。

res_2_07 ちょっと難しい話なのですが、「インテグリンβ1(ベータワン)」「アクトミオシン」「ATF5」というタンパク質(またはその複合体)がありまして、これらは着目点1から3について働いている、細胞の部品です。
インテグリンβ1は、細胞と組織の接着に重要な部品。車だったらタイヤとか、床にくっついて走るための部分です。アクトミオシンは実際に力を伝える部分なので、車で言えばギアですね。ATF5は放射線に耐える能力、これはまあ、運転手に近いですね。たとえが下手ですみません(笑)。こういう部品があると接着が出来たり、細胞が出す力が上がったり、放射線に耐える力が上がります。

 何が大事かといいますと、これらの部品の働きを止める方法が存在するんです。働きを止めれば、もしかしたら浸潤が止まるかもしれないと考え、実際にやってみました。

 AIIB2(エーツービーツー)は、インテグリンβ1の働きを止める薬です。これを入れると、接着が出来なくなります。車からタイヤを抜いてしまうようなものですが、それをやりました。放射線照射後に生き残ったがん細胞が周りを壊している所にAIIB2を加えますと、徐々に、がん細胞は止まって丸くなってゆきます。足が出せなくなって動けず、一部は死んでいます。洗い流すとまた動き出しましたので、AIIB2は、がん細胞による破壊行動を止める薬になる可能性があるという事がわかりました。

 一方、ギアとなるアクトミオシンに対しては、筋力を強化する薬を与えます。普通の感覚では筋力が高いほうが沢山動けるのでは? と思いますし、私も最初そのように考えたのですが、筋力を強化する薬を加えると、劇的に動きが止まるという事がわかりました。つまり、筋力が強すぎるとそこで固まってしまい、浸潤することが出来なくなるんです。強すぎてもダメなんですね。これは新しい発見で、私たちも学会に報告しています。

 最後は放射線に耐える能力、ATF5です。これについては薬ではなく、細胞の設計図であるDNAからタンパク質を作れなくするという実験をやっています。このATF5という部品をきちんと壊したがん細胞は丸くなって動かず、浸潤力が下がる事がわかりました。逆にATF5がたくさん出ていると、がん細胞が生き伸びやすく、浸潤もしやすく増えやすくなる事から、この部品はがんの進行にとって、とても重要だということもわかってきました。

 研究のお話をまとめますと、がん細胞の接着を止め、力を増強し、放射線に耐える力を止めるなどのアプローチから、がん細胞による破壊行動を止められるのではと、がん治療薬の改善に大いに役立つのでと考え、研究をしています。

 がんについては他にも異なる方法で研究をしているのですが、今回は放射線による悪化と3つのタンパク質に絞った部分だけをお話しました。ありがとうございました。

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