北海道大学大学院先端生命科学研究院 細胞ダイナミクス科学研究室(第3研究室)先端融合科学研究部門 

1. 細胞の運動

駆け巡る細胞たち。秩序をつくり、命を守る。

 まず、細胞の運動についてお話します。
 私たちの体は細胞からできています。多くの細胞たちはほとんど動きません。自分の居場所を勝手に離れて移動したりはしないので、「あーっ、朝起きたら目玉が別の場所に変わっていた!」なんてことは絶対ないわけです(笑)。その一方で、細胞の中には四六時中、動いている細胞がいます。その一例が免疫細胞です。免疫細胞には、外敵から個体を守るという使命があります。一度敵だと見なしたら、それを食べる、もしくは殺すまで、執拗に追いかけまわす細胞がいて、それが免疫細胞です。

 私たちは、いわば37度の生肉ですから、バクテリアにとっては良いエサのはずです。スーパーで買った生肉を37度で放置すれば、一日で腐りますよね?でも免疫細胞たちが四六時中、体内をパトロールしてくれているおかげで、私たちはバクテリアのエサにならずに済んでいるわけです。生きているというのは、普段からこうして免疫細胞たちが身を守ってくれているお陰なわけです。

 他にも、がん細胞をやっつけることができる免疫細胞がいます。実は毎日、私たちの体ではたくさんの細胞たちががんになると言われています。がん細胞って、もともとは自分の細胞なんです。それが遺伝子に損傷を受けてがん化していくのですが、もともとは仲間だったのに、ある日突然、異質なものになってしまうわけです。そして、それを認識してやっつけてくれる細胞が免疫細胞なわけです。

免疫細胞の大活躍

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 やっつけ方はいろいろな方法があるのですが、どれもすごく巧妙で、例えば、がん細胞に自殺(アトポーシスといいます)させる方法があります。すべての細胞は、自分で自殺するプログラムをもつています。細胞の中には色んな酵素が詰まっているので、「ぱぁん」とはじけてしまうと、周りの細胞たちに迷惑をかけるんですよ。ですが、自殺するプログラムが働くと、はじけずに自分を小さく千切って、マクロファージというお掃除細胞が食べやすいように自分を小分けして、一口サイズに分かれて死んでいきます。そのプログラムを発動させる免疫細胞がいるんですね。NK細胞といいます。NK細胞は、「敵だ、がん細胞だ!」と思ったら近づいて行って、ストローみたいなタンパク質をプスッと刺して、グランザイムという物質をちょっとだけ入れるんです。これが入るとがん細胞は、「ああ~、もう、俺だめだ~」となって自殺しちゃうんです。なので、一つのNK細胞で、がん細胞を次々にやっつけてくれるんです。
 このように、体内を動き回って、がん細胞を殺したり外敵を食べたりすることで生体を守るというのが、免疫細胞の大事な機能のひとつなわけです。

細胞は大移動して、生き物の形を作る

 ゼブラフィッシュという熱帯魚の卵を例にお話をします。
 ゼブラフィッシュの受精卵は約30分に一回分裂し、最初は一個だった細胞が、二個、四個、八個と、倍々に増えていきます。最初は動かずにひたすら増え続けて、ある数になったら、とつぜん集団で移動を開始します。細胞たちは、卵の黄身の部分を包み込むように動きます。一部の細胞は折り返して二層構造を作ります。そして将来、消化管(胃や腸)を作ります。みんなで一斉に動いて、背骨を作ったり、尻尾を作ったりして、生き物の形が出来上がるわけです。つまり、生き物の形が出来上がるときは単に増えてできるのではなく、みんなで動くことで形ができるんです。

 それをもう少し細かく見た例がこのゼブラフィッシュの成魚です。お腹の横に線が入っていますが、これは側線という水流や水圧を感じる器官です。これが卵の段階でどうやってできたかというと、魚の体内を細胞の塊が動いていって、一定の数の細胞たちが、ぽつ、ぽつと、塊のまま停止します。これが将来、側線という器官になります。このように、細胞たちは、それぞれ自分が将来何の組織を担うかということがわかっていて、その場所に向かって動いています。

 細胞たちが動くことで生き物の形が出来上がるということは分かったのですが、「では、なぜ細胞たちは、秩序立って集団で動けるのか?」ということが次の大きな疑問です。
(※詳しくは、研究内容「集団で動く細胞(1)上皮細胞の折り返し運動」をご覧ください)

体内と似た環境を作ると、細胞たちに秩序が生まれる

res_p_07 いまお話したのは、実際の魚の中で起きている現象、つまり生き物の中で起きている現象です。それを実験室に持ってくると動き方が全然違うことが分かります。これは理科教室にあるようなガラスシャーレの上で撮った写真です。イヌの細胞をシャーレに撒いて顕微鏡で観察すると、増殖はするのですが、細胞の集団に協調性や秩序がなく、単に押し合いへし合いしながら増え続けます。

 

 いったい、実際の生き物と実験室では、細胞にとって何が違うのかな? と悩みました。そこで、実験室でもなるべく生体内に近い環境にしてあげよう、と考えました。硬いガラスシャーレの上だからまずいのでは? もっと生体内に近い、たとえばコラーゲンのゲルのような軟らかい環境で細胞を飼ってあげれば細胞にとって快適なんじゃないかと考えました。
その結果、見つけた現象がこちらです。

リーダー細胞という不思議な存在

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 これは先ほどと同じイヌの細胞です。ただし、軟らかいコラーゲンのゲルの上で培養しています。すると、細胞の集団は自分たちで秩序を作って同じ方向に動き出すという現象を見つけました。とくに、リーダー細胞という細胞が先頭に現れ、それに導かれて他の細胞たちも同じ方向に動き出すということが分かりました。 つまり、同じ種類の細胞でも、育つ環境が硬いガラスの上なのか軟らかいゲルの上なのかだけの違いで動き方がぜんぜん違ってくるんですよね。
 この発見はもう10年くらい前になりまして、集団運動について最初に出した論文です。当時はこの現象を見つけただけで論文になったのですが、その後は「じゃあ、何でこんなことになるのか?」「培養基盤が硬いか軟らかいかだけで、どうして協調性が変わるのか?」という疑問にこの10年ほど取り組んで、ようやく少しずつ仕組みが分かってきました。とくに、先頭のリーダー細胞だけは、他の細胞と様子が違うんです。リーダー細胞がどうやって現れて、この中で何が起きているのか?ということも分かってきて、つい最近論文として公表することができました。
(※詳しくは、研究内容「細胞の集団運動とリーダー細胞について」をご覧ください。)

続きを読む「2.三次元組織の形成」

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