北海道大学大学院先端生命科学研究院 細胞ダイナミクス科学研究室(第3研究室)先端融合科学研究部門 

研究「細胞集団と培養基質が織りなす立体的なカタチ」

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物理の視点で探る、細胞のカタチとチカラ

res_5_00 たくさんの細胞からなる細胞集団は、培養基質とよばれる細胞の足場になる床に接着しています。それらが互いに影響を与えあって立体的な形を作るという事について、私たちは研究しています。
こちらの画像のような立体的な形を三次元形態といます。私たちはチューリップハット型の形態と呼んでいますが、この形ができる理由として培養基質に粘り気があるためではないかと考えています。

細胞は集まって、硬さの違う組織を作る

res_5_01 私たちの体の中で細胞は、一匹ではなく集団になっていて、お互いにくっつく場所である結合点というのを持っています。
画像の青い線で表した部分が結合点で、これらによってたくさんの細胞が一列につながっています。このような細胞集団を細胞シートといい、様々な形の基本となります。

 細胞シートと呼ばれる細胞集団は、いろいろな形に変形する事によって、組織に似た形を作ることができます。シートを丸めれば血管のような管、シートをしわしわにすれば小腸に見られる微絨毛(びじゅうもう)や脳に似た、ひだ上の構造ができますね。そして、これらの組み合わせによって腎臓のようなさらに複雑な形を作りだすことができるわけです。

 これまでに世界中で行われた研究によって、組織、つまり臓器というのは、それぞれに硬さが違う事が調べられてわかっています。こちらは臓器ごとの硬さをまとめたある論文のデータです。
res_5_02神経細胞(Neuron)がたくさん存在する脳は、しわしわしていてとても軟らかいのですが、骨(Bone)はプラスチックやガラスのようにカチカチして硬いですよね。この硬さの度合いを数値化するときに使われるのが弾性率(Elastic modulus)と言いまして、数値が大きくなるにつれて硬くなります。
このように臓器の硬さがすでにわかっていますので、「では、培養基質の硬さを変えると、細胞はその臓器になるのでは?」という発想が生まれたわけです。

res_5_04 この考え方は、既に研究に利用されています。結論からいうと、培養基質の硬さを変えると、同じ細胞から種類や形がぜんぜん違う細胞集団ができます。この実験では、MSCとよばれる多能性細胞を使っています。多能性細胞とは色んな細胞に変わることができる細胞のことをいいます。ES細胞や、IPS細胞の仲間ですね。

 図の左側が軟らかい基盤、右に行くにつれて硬い基盤となっています。細胞たちは、基盤が軟らかければ軟らかいほどトゲトゲとした形の神経細胞に、固くなればなるほど骨の細胞になる、という事がわかっています。

平面的、立体的な培養ってなんだろう?

res_5_06 ここで、生体外での細胞培養法として私たちがよく使っているものを知っていただきたいなと思ったので、寄り道させていただきます。

 こちらは培養した細胞を上と横から見た図です。培養法には大きく分けて2種類ありまして、画像左側の2点は、二次元培養です。次元とは、一次元は、線。二次元は、面。三次元は立体ですので、平らな基盤の上で培養することを二次元培養、別名を平面培養と言います。

 ガラスのようにカチカチのものと、ゲルのようにプルプルなものの上で培養すると、細胞集団の形はガラスの方が広がり、ゲルの方が小さく縮まるという事がわかっています。横から見た場合には、ガラスの上で培養すると広がった分、高さがなくなります。一方、ゲルの上で培養しますと、高さが出ます。

 臓器は三次元の構造を持っていますが、それを再現できるのがこの三次元培養で、ゲルの中に細胞を埋め込み立体の中で培養する方法です。この場合、細胞は球形になる事がわかっています。本来なら、今回のように立体的な形を再現したい実験では三次元培養を使う事が多いのですが、これから発表するデータはすべて二次元培養で、かつプルプルの基盤を使っています。そこが、ひとつの新しい発見ポイントでもあります。

コラーゲンゲルとマトリゲルで、細胞集団の形が変わる理由とは?

res_5_08 ここからは実際の研究データになります。
写真の左がガラスで培養した細胞で、上から見ても横から見ても平らです。緑の線で囲まれているのが細胞一匹なのですが、広がりすぎてどこまでが一匹かわからないくらいです。一方、ゲルの上で培養しますと、一匹一匹の輪郭がはっきりとしていてわかりやすいですね。

 ゲルの方は、コラーゲンゲルとマトリゲルという2種類を使いましたが、これらは同じゲルであるにもかかわらず、コラーゲンゲルでは平たいシート状になり、マトリゲルでは上から見た時に球体、横から見た時にはお椀をひっくり返したようなドーム状の構造ができる事を発見しました。これが初めにお見せした、チューリップハット形態と呼ばれるものです。帽子に似た形をしており、真ん中に細胞はいません。帽子を輪切りにして覗いたような絵ですね。
このコラーゲンゲル上とマトリゲル上での細胞集団の形の違いは何かをお話します。

res_5_10 培養基質には、化学的な要因と物理的な要因という2つの違いがあります。化学的な要因はタンパク質の違い、もっと細かく言うと化学式の違いです。物理的な要因は、物理と言うくらいなので構造の違い、すなわちタンパク質のつながり方、架橋構造の違いです。ひとつひとつ鎖のように存在しているタンパク質同士が、ある部分でくっついていくことを架橋といい、あちこちで架橋することで、培養基質が完成します。

 精密な顕微鏡で見ると、コラーゲンゲルは太い繊維状のコラーゲンがたくさん折り重なって網目のような構造をしています。一方マトリゲルには、ラミニンと呼ばれるタンパク質がたくさん含まれていますが、こちらは同じ倍率で見ても繊維状の構造が見当たりません。これは、私たちが見ることができないほど細い繊維が少しだけ架橋されてゲルが作られているということを意味しています。私たちは、この架橋構造の違いこそが細胞形態の違いの原因ではないかと考えています。

 私たちの生活の中で身近な架橋構造といえば、ゼラチンや寒天でゼリーを作る時に登場します。ゼラチンの粉を水に溶かして、シャバシャバの液体をカップに入れて冷やして固めると、プルプルになりますよね。冷蔵庫で冷やしていく段階をイメージしてほしいのですが、サラサラだった物が、ちょっとドロドロになって、最後はプルプルになる。この変化がまさに、架橋構造が増えていく状態を表しています。このサラサラからドロドロぐらいまで状態のことを、粘り気がある、すなわち粘性(ねんせい)をもっているといいます。さらに、ドロドロからプルプルになって硬く、弾力がでた状態のことを、弾性(だんせい)をもっているといいます。つまり、架橋構造が増えた結果、粘性だったものが弾性に変わっていったというわけです。

 結論として、マトリゲルはコラーゲンゲルと比べて架橋構造が非常に少ない、つまり弾性よりも粘性に近い性質を持つのではないか、と考えることができます。

ゲルの粘性を変えて観察するさまざまな形と、細胞の出すチカラ

res_5_11 この研究の目的は、培養基盤の物理的な性質のひとつである粘性が細胞の形に与える影響を調べる事なのですが、実は、この粘性というファクターについては、これまでほとんど報告がありません。最初の方で見ていただいた組織の図も、硬さ、つまり弾性の違いだったので、粘性に注目することで新しい形の変化が見られるのではと考えました。

 そこで、たくさんの細胞が集団で形を作る所が見るために、普段から集団でいる細胞、MDCK細胞(上皮の細胞)を使いました。こちらは上から見た写真です。

 MDCK細胞は、少ない時は小さな塊ですが、増えると満ち満ちになって集団を作りシート状に広がっていく性質をもっています。三次元培養では球状になり、ちょっと進化すると管状の形になるという、もともと形を作るのが得意な細胞です。この細胞を異なる粘性のゲルの上で培養し、形態を観察しました。

res_5_12 こちらの図は、左から右にいくにつれて架橋構造が増えてサラサラだったものがドロドロになる、つまり粘性が上がった状態を表しています。架橋剤という試薬を使い、マトリゲルの架橋構造をどんどん増やしました。
横からの断面図を上段、立体としてどうなっているかの3Dモデルを下段に示しています。何もしない時は山型のハット構造になりますが、架橋構造が増えるにしたがって高さが低くなり、最後にはコラーゲンゲルで育てた細胞と同じような、真っ平らな構造に近づいていく事がわかりました。

res_5_18 この観察の中で、形の変化のほかにもう1つ着目した点があります。架橋構造を増やしてゆく図の上段に見られるピンク色の物質はマトリゲルですが、「これも一緒に形が変わっているのでは?」と考え、本当にゲルの形まで変わっているのかを確かめる実験を行いました。

 実験方法は、マトリゲルにビーズを混ぜ込み、その上で細胞を培養するというものです。
写真にある緑の点が埋めたビーズで、中央の塊が細胞の集団です。
実験の結果、時間経過とともに、埋めたビーズが細胞の方に向かってどんどん吸い込まれて行く様子が観察されました。これにより、細胞が形を作る際にゲルを巻き込み、吸い上げるように動かしている事がわかりました。

res_5_15 それを、もう少し詳しく調べたのがこちらの画像です。
緑と青の部分が細胞の形、赤い部分がマトリゲルを表しています。マトリゲルだけのものが下の画像なのですが、ものすごくボコッとしているのがわかります(図中の青い矢印)。細胞に動かされてゲルの形も一緒に変形しているという事が、これでもう、はっきりと言えます。

 そこで次に注目したのは、細胞がゲルを変形させるための力です。形を変えるという事は、すなわち力がかかっていると考え、細胞が生み出す力のことを基質把握力(きしつはあくりょく)と呼びますが、これに注目しました。
この力の源は、人間で言うところの筋肉にあたるものです。実は細胞にも筋肉のような構造体が入っている事がわかっていまして、束になった繊維のようなものが、ダンベルを上げる時のように伸びたり縮んだりを繰り返すことで、力が生まれます。

res_5_14 そこで、この繊維を作っているタンパク質が細胞のどこにあるのかを調べ、細胞内張力が発揮されている場所を見つけるため、力が出ている場所に色をつける実験を行いました。
こちらの図にある、上3つの写真は同じ細胞、下3つも同じ細胞です。この2つの細胞のそれぞれ真ん中、赤で示している画像が、力が出ている所を示したものです。
横から見た図を見ていただくと、白い印をつけたあたりに、よく色が付いているかと思います。

res_5_16 これを模式図にすると、右のようになります。
ゲルと接着する一番下の所、この辺りでたくさんの力をぐいっと出す事で、周りの細胞を動かし、かき集めているという事がわかりました。

res_5_17 では逆に、基質把握力を小さくすれば基質は動かないのかを確認するため、力を抑える薬を投与しました。Y-27632という、筋肉でいう伸び縮みを制御する薬です。
この試薬を入れると、マトリゲルが全然動きませんでした。上から見ると穴も無く真っ平らになり、横から見ても、平らな形になりました。つまり、基質把握力を抑えると、あの独特な形は作られない事がわかりました。

 ここまでのお話すべてをまとめます。
培養基質の粘性を変えると、三次元的な細胞形態、つまりチューリップハットのような形態が変化するという事が、明らかに出来ました。また、三次元的な細胞形態は、細胞が出す力によって作られています。細胞が力を出すから基質が変形し、カタチが出来るという、とてもシンプルな方法で形態が作られているという事が、この研究で得られた発見になります。
この発見は、培養基質を好きな粘性に変えるだけで細胞集団の形をデザインできる可能性を示しています。将来的には、実験室で人工的な臓器を作ることができればいいなと思っています。
ありがとうございました。

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