北海道大学大学院先端生命科学研究院 細胞ダイナミクス科学研究室(第3研究室)先端融合科学研究部門 

研究生活インタビュー 博士課程3年 今井美沙子さん

物理的なアプローチで
生物を探る楽しさがあります

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後輩に贈るメッセージ
博士課程3年 今井美沙子 さん

※学年、所属は2014年度のものになります。

研究の紆余曲折、ブレイクスルーの面白さとは

――研究のお話では、よく「ここに注目しました」のようにサラッと言われますが、どのようなきっかけでこの研究は始まったんでしょうか?

 このテーマに関しては、紆余曲折があったんです。今回の研究発表では初めから培養基質の粘性がキーになると考えて研究を始めたように見えますが、実を言うとたまたま現象を発見したのが先なんです。コラーゲンだけじゃなく、ラミニンが細胞に与える影響も観察しないとね、とマトリゲルを使い始めたところ、なんと細胞の形が大きく変わってしまったので(笑)「これはどうしてなの?」という所からスタートしました。

――この研究は、偶然の発見から始まったんですね。では粘性に注目したのは、教授や先輩などの中に先に注目していた方が居たからなんですか?

 基質の粘性と細胞の立体的な形との関係という発想は、このテーマから注目した新しいものです。弾性については、多くの論文が出されていますが、粘性については、世界的に見れば他にも研究されている方が居るとはいえ、学術論文を検索してもあまりヒットしないですね。

 粘性と弾性の関係を少しだけ話します。ゼリーになっていく時、サラサラからドロドロになってプルプルになるといいましたが、プルプルになっても実は粘り気って残っているんです。つまり、粘性と弾性はいつも共存しているということなんです。そして、この2つのバランスでドロドロ具合は決まるという事が知られていて、今はどっちの方が優勢かな、という事が重要になります。普段私たちは、弾性の方が優位とか、粘性の方が優位とかいう言い方をします。この研究では、細胞がどっちの性質をより感じているかというのを、数値で出してしまおうというふうに考えています。

――研究をされていて、面白いと思う事はありますか?

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粘度を計測する、お手製の装置

 面白さと大変さは紙一重だと思います。でも、一番面白いのは、いくらやっても、とっかかりが見つからない中からやっと突破口を見つけた時かもしれないです。
頭を悩ませ、手を変え品を変え……(笑)。
特に私の場合は、「基質の構造を変えよう!」みたいな事をやっているせいか、工作のように細かい作業をする事がすごく多くて、他のメンバーみたいにピペット片手にする作業がけっこう少ないんですね。この試薬混ぜて、あの試薬混ぜて、粘性が違うゲルを作って、その上に細胞を撒いて、形を見て、という繰り返しなんです。

 基質に関しても、最初は「そもそもドロドロした所で飼えばいいんじゃない?」みたいな発想で、いろんな素材の上で細胞を飼う実験をしたんですが、全部うまくいかなかったんです。たぶんドクターに入ってから1年半か2年くらいそれに費やしていて、マトリゲルに架橋剤を入れるというアイデアでうまくいったのは、実は、ほんの3ヶ月前くらいです。その反面、細胞がチューリップハット型の形になることや、細胞が力を出している場所については、実はもうB3(学部3年)の時からわかっていましたので、私の研究の大半は「何で、この基質は変形するんだろう?」というものでした。

――試行錯誤を知らないと、とてもスムーズに物事が進んでいるように聞こえたので、驚きました。

 それが、発表する時の掟なんです(笑)。実験者の苦労は抜きにして、わかりやすくするというのが。最も基本的な発表の仕方は、仮説→実験結果の繰り返しにすることですね。そのために最新のデータからお話しすることにしました。

 実際にはこの研究って、面白い形の発見から研究が始まったんですよ。最初に見つけた現象がなぜ起きたのか解明することを目標にして、ずっと研究してきたんです。今は、なんとかゴールにたどり着けたかな? と思ってます。

興味のあること、得意なことを活かした研究

――今井さんの研究「細胞集団と培養基盤とが織りなす立体的なカタチ」では、培養基質には化学的な要因と物理的な要因の2種類があると伺いましたが、物理的な方を探ろうと決めたきっかけや、その判断はどうしてされたのでしょうか?

 きっかけは2つあります。まず、化学的な観点での研究は、すでにたくさん報告されているということです。化学的な要因というのは、ゲルに含まれるタンパク質の種類のことなんですが、「基質の化学的な要因によって、この変化が起きてるんじゃないか?」みたいな事は、けっこう議論されているんです。逆に基質の物理的な要因は、ここ数年でかなり注目度が上がったジャンルだと思います。

 もうひとつは、私のバックグラウンドに関係あります。私はもともと生物を専攻していなかったんです。高校での理科の選択科目は、化学と物理でしたし。特に数学が好きで、最初は、数学科に行こうと思って北大に入ったんですよ。高分子学科に来るまでは生物にいっさい触れてこなかったので、この研究室では生物にうとい方だと思います(笑)。そういうわけで、ゲルの硬さや構造といった物理的な要因の方にすごく興味が湧いたんです。

 そこへ、化学的な要因だけでは説明できない現象の発見が重なって、研究テーマにしよう、となっていきました。

――そうだったんですか! 不思議なのですが、生物とは関わりが薄かったのに、細胞を扱っているこの研究室を選ばれたのはどうしてですか?

 学科を選ぶというときに、「理学部に来たんだから生物も勉強してみたい」と思ったのがきっかけです。その中でもこの研究室を選んだのは、興味があった数学や物理の知識を活かして生物の研究が出来そうだったからでしょうか。今初めて告白しますが、実は、学科選択の時点ですでにこの研究室がいいなって思ってたんですよ(笑)。

 私は、物理の中でも高校で習うような、古典物理が好きなんです。「ものの構造が違うから、粘性と弾性が違う」というのは、すごくシンプルな考え方なんですよ。例えば、粘性や弾性を知るには力をかけてみればよくて、その力は f = maっていう高校で習う式を使って求められます。粘性を数値化するとき、粘性係数というものを計算で出していますが、その計算方法なんかはものすごく単純です。重力と浮力と摩擦が釣り合うから、それぞれを式にしてイコールで結んで…っていう感じで研究してます(笑)。最後は手計算で、A4の白い紙を出してきて、そこに密度と重さと質量などを全部書き出して、イメージの図と力の大きさを表す矢印を書いて……みたいな。このスタイルは、自分らしくて好きです。好きな分野を活かして研究に取り組む事が出来るところが魅力的だったんです。

――研究室のみなさんはそれぞれ、研究に対するスタンスや興味のある箇所が全然違いますよね。同じ対象を研究しても切り口がまったく違って面白いですし、何かを発見しようとしたり新しい事を探ったりする意味では、多様性があるのはとても良い事だなと感じました。

 生き物を研究する上で、生化学的な実験方法はどんどん確立されていってますし、どの実験をしたら何がわかるかという情報は日々更新されてます。実は私も取り組んではいるんですけど、やっぱりこっち(物理的なアプローチ)が向いてるなと思ってしまいます。うちのラボでは、ひとりひとりが好きな角度から、好きな切り口で研究に取り組めるという点で個性があると思います。私がやっていることは今ではラボ内でも少数派かなという気はしていますが…もっと同じ志を持つ後輩が増えることを楽しみにしています(笑)。

――この研究室自体は、物理と縁が深いですよね。

 そうですね、先生方はみなさん物理学科のご出身ですから。今は、物理学研究をしているわけではありませんが、ある現象がなぜ起こるのか?、という視点が物理的だと思うんです。現象っていうのは、目に見えることですよね。目で見たことを、「何でこんなに面白い現象が起こるんだろう?」と研究しているのがうちの研究室だと思います。こんな風に物理学と生物学の両方の視点から攻められるというのがこの研究室の一番の強みだと思っています。その分、大変な事もあるんですけど(笑)。

――物理学と生物学を融合させるときに、大変なことってなんですか?

 生き物には個体差があることですね。人間も、一人一人どこか必ず違いますよね。だから、一定の型にはめられない。生物学では例外がすごく多くて、「大半はこの法則に従うけど、残りは全然法則性がない」っていうのが大変なところですね。普段、動いてる細胞の動画を撮影することがあるんですが、たまに気まぐれなのがいて、予想外の動きや形をしたのがでてくるんですよ。しかもその例外には法則がない。

 実をいうと、私の研究でも、チューリップハット形態は8~9割しか現れないんですよ。「しか」と言いましたけど、生物学的には十分で、8~9割の確率である現象が起きれば、「起こる可能性としては十分にある」という言い方をします。これは物理好きな人にとってはけっこう衝撃的で、「えっ、8・9割なの? 100%じゃないの?」みたいになると思うんですよ。なので、例外も含めてすっきりとまとめられる物理のやり方だけを持ち込むと、生き物の個性である残りの10%が解釈できなくなって混乱するんです。でもそこを理解した上で研究を進めれば、この融合分野はもっとうまくいくのではないかなと思います。現状では、どんな考え方をどう組み合わせるか、という楽しみがあるんじゃないかなと思います。

これから研究室に入る方へのアドバイス

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――今後、この研究室がこうだったらなと思う所はありますか? より良い研究環境、教育環境についてでも結構です。

 教育環境という意味では芳賀先生がお忙しいので、もっとお時間があればいいなぁと思っちゃいますね(笑)。

 他にはそうですね、これから入って来たい人達には、この研究室がアプローチの仕方として物理的な考えを持っているというのが、もっとうまく伝わればいいのかなと思います。
高分子学科所属でがん細胞も扱っている研究室なので「がんの研究をやりたい」といって来てくれる学生が多くて、生物が得意な人がすごく多いんですね。
それで、この研究室の特色は、物理的な考え方もできるよだとか、目で見てわかることに興味があるよ、という部分を伝えられると良いのかもしれません。

 たとえば、私が研究内容でお話した「硬さを変えたら細胞の形が変わる」なんていうのはまさに目で見てはっきりわかることです。がんの研究でも、「形の違い」というのがキーワードなんですよ。テーマの中に隠れている物理的な考え方はこの部分だよ、ということがみなさんに伝わると、この研究室での研究にすんなりとなじめるかなと思います。

――生物を研究しようと入ってみたら、意外と物理的なアプローチが多かった、みたいなギャップがあるかもしれない、という事でしょうか?

 もしかしたらあるかも、とは感じますね。ただ、基本的には生物学の研究室なので、心配はいりません。現象をパッと目で見て、何かが変わるという事を面白いと思えるなら、誰でも向いていると思いますよ。

 最後に、物理的な考え方の一例をお話ししたいと思います。たとえば、がんには、生死に関わる悪質なものと関わらないものがあるのですが、その違いを細胞の形で判断できるとより診断が簡単になると思うんです。これは形という物理的な感覚が活かされてます。
それから、どこかの臓器で生まれたがんが、たとえば脳に移動したとします。これを転移したと言うんですけど、転移してる間のがんの動きってよくわからなくって、一体どうやって脳まで移動したのかはわからないんですよね。だけど、脳まで行くという事は、つまり、運動してる。じゃあ、細胞の運動を観察しよう。という発想になるんですよね。これも何かが動くという物理的な感覚から生まれる発想です。

 今まで話したような考え方を面白いと感じたり、共感したりしてもらえると、私のように楽しい研究生活を送れると思いますよ。
これはあくまでも私の、個人的な感想です(笑)。

――ありがとうございました!

今井さんの研究「細胞集団と培養基盤とが織りなす立体的なカタチ」

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