補助事業番号  2019-165

補助事業名  2019年度 糖タンパク質自動合成マイクロアレイシステムの開発補助事業

補助事業者名  北海道大学 比能 洋

 

1 研究の概要

 糖タンパク質を提示しその糖鎖修飾と糖鎖機能の観測を同一環境で実施可能な自動合成マイクロアレイシステムの開発と評価を実施した。

 

2 研究の目的と背景

 ヒトを含む真核生物において細胞外に分泌されるたんぱく質は小胞体とゴルジ装置を経由して生産・分泌されており、その多くはこの小胞体およびゴルジ装置にて糖鎖修飾をうけた糖タンパク質である。実際に、近年のバイオ医薬の躍進の主役は糖タンパク質製剤であり、近年は低分子医薬のジェネリック医薬品に相当する後発バイオ医薬品(バイオシミラー)が製造・流通するようになった。一方、糖タンパク質の糖鎖はタンパク質本体の体内動態の制御因子であり、その構造制御はその機能解明と「活性に再現性のある」バイオ医薬品開発において鍵となるが、その厳密な制御は極めて困難であり、実際のタンパク質製剤においても大きな分散性を有する。本研究では糖タンパク質の糖鎖修飾と糖鎖機能の観測同一環境で実施可能な自動合成マイクロアレイシステムを開発し、「単一な」糖鎖構造を有する糖タンパク質の調性とその機能解析を同一場で実施可能なシステムの開発を目指すものである。

 本研究ではその場としてマイクロアレイスライド等の固体表面を選択し、市販の糖タンパク質や無細胞合成系で作成した糖タンパク質モデルを用いてその表面での糖鎖構造変換や糖鎖構造解析、そして機能解析を可能とするための基盤技術群の構築を目的としている。

 

3 研究内容

(1) マルチカラー型小型・超小型マイクロアレイ観察装置の開発

 先行事業で開発したマイクロアレイ観察環境を活用し、スマートホンなどのモバイル端末で利用可能なマルチカラー型マイクロアレイ観察装置を開発した。CADソフトとDプリンター技術を用いて設計・出力した観察部を交換ユニット化することにより、FITC等の青色光励起蛍光分子、Cy3等の緑色光励起型蛍光分子、Cy5等の赤色光励起蛍光分子にそれぞれ対応可能なシステムへとアップデートした。今期はこのシステムの最適化を行った。緑色LEDと比較して青色および赤色LEDは出力の低いものが多く、LED波長およびフィルターを調整することにより、それぞれの検出系を再構築できた。本事業課題である糖鎖修飾の管理に特化した観察には蛍光標識標準タンパク質および蛍光標識レクチン等を用いてその識別パターンの調査を行った。

また、AIによる自動検出数値化に必要な機能が内蔵されており、マイクロアレイ上のコンテンツとソフトを連動して開発することにより感染症の遠隔・個別診断や等に即応可能である。また、マイクロアレイスポッターも3Dプリンター技術とオープンソースソフトを活用して自作した。

 

    作成したマルチカラー対応マイクロアレイ相互作用解析装置

 

 

 

(左)作成したマイクロアレイ用スポッター、(右上)スポット制御プログラムのGUI、(右下)スポッターで作成したマイクロアレイを本事業で作成したマルチカラー対応相互作用解析装置を用いて撮影したアレイ蛍光パターン像

 

(2)糖タンパク質糖鎖構造の入れ替えに対応した観測・品質管理技術群の開発

 糖タンパク質上の糖鎖パターンが(1)で開発したマイクロアレイ解析装置で観測可能であることを実証した。しかし、その実証過程においてマイクロアレイシグナル変化と構造変化の相関を具体的に証明する必要があった。そこで、マイクロアレイに使用する超微量サンプル、p (10-12) mol f (10-15) mol、の構造解析が可能な質量分析技術の開発を行った。まずは糖タンパク質糖鎖のラベル化と高感度化を同時に実現可能なマトリックスの開発を行い、通常のマトリックスとサンプルの混合操作によってラベル化工程までが完了し、糖鎖解析用マトリックスとして広く普及しているDHBよりも2桁感度が高くなるマトリックスの開発に成功した。

 さらに、糖タンパク質のイオン化過程で糖鎖断片を生成させ、生じた糖鎖断片のみを選択的にイオン化するMALDI-TOFMS用マトリックスとその分析技術の開発に成功した。これまで糖鎖解析で一般的に使用されてきた、MALDI-TOFMS用マトリックスはペプチド解析用として開発・発見されたものを使用していたため、糖タンパク質を直接解析した際はペプチドが優先的にイオン化していた。このマトリックスはあまりにも一般的に普及してしまったため、糖鎖専用のマトリックス開発は限定的であった。これに対し我々はマイクロアレイ用糖鎖サンプルの品質管理、という特殊事情に対応するため、糖鎖選択的に高感度化可能なマトリックス、糖鎖選択的にラベル化可能なマトリックス、糖鎖選択的に断片化とイオン化を可能なマトリックスをそれぞれ世界で初めて開発することに成功した。この成功によりシグナル強度情報のみで判断する必要があったマイクロアレイ研究に、分子量情報という信頼性の高い情報を付加し、研究結果の信頼性の劇的な向上に成功した。  

 

4 本研究が実社会にどう活かされるかー展望

 本事業で開発したモバイル型マイクロアレイシステムはスマートホンのからの電源供給で稼働可能であり、コロナ禍下など、高齢者など人の移動が困難な患者の遠隔・個別診断や、インフルエンザ感染が疑われる養鶏場や養豚場などにおけるオンサイト診断を実現が期待される。また、マイクロアレイによる超微量・超並列解析により、従来の感染機構解析およびリガンド・阻害剤(治療薬)候補の絞り込み工程の劇的な加速効果が期待される。COVID-19COVID-19の陰で史上最大の猛威を振るった家禽へのトリインフルエンザ感染、さらに今後出現する未知の感染症への迅速対策などへの活用が期待される。

 

5 教歴・研究歴の流れにおける今回研究の位置づけ

 研究代表者は糖質を標的とした合成と分析に関して20年以上の研究経歴を有し、特に複合糖質の迅速合成技術を基盤としたフォーカスドライブラリ構築技術に注力してきた。その評価系としてマイクロアレイと質量分析を活用しており、本事業は社会要請が強い糖タンパク質の構造制御と機能解析の加速を標的としたものである。特に2020年春からのCOVID-19の流行を受け、感染症対策技術としての開発へと舵を切っている。

 

 

6 本研究にかかわる知財・発表論文等

(知財)

発明者:比能 洋

出願人:北海道大学

特許出願PCT/JP2020/002624

未修飾シアリル化複合糖質および糖ペプチドのリフレクトロンモードMALDI−TOFおよびTOF/TOF質量分析のためのアニリン誘導体またはアミノオキシ基含有芳香族誘導体/DHB/アルカリ金属マトリックス組成物

出願日:2020年(令和2年)124

 

発明者:比能 洋

出願人:北海道大学

特願2021-000822

MALDI−TOFMSによる複合糖質高分子糖鎖の直接解析方法およびそれに用いるための固体マトリックス組成物

出願日:2021年(令和3年)16

 

(発表論文)

1)      Hiroshi Hinou, Seiya Kikuchi, Rika Ochi, Kota Igarashi, Wataru Takada, Shin-Ichiro Nishimura “Synthetic glycopeptides reveal specific binding pattern and conformational change at O-mannosylated position of α-dystroglycan by POMGnT1 catalyzed GlcNAc modificationBioorganic&Medicinal Chemistry, 27, 2822-2831, 2019.

https://doi.org/10.1016/j.bmc.2019.05.008

 

2)      Iris A. Bermejo, Claudio D. Navo, Jorge Castro-López, Ana Guerreiro, Elena M. Sánchez Fernández, Fayna García-Martín, Hiroshi Hinou, Shin-Ichiro Nishimura, José M. García Fernández, Carmen Ortiz Mellet, Alberto Avenoza, Jesús H. Busto, Gonçalo J. L. Bernardes, Ramón Hurtado-Guerrero, Jesús M. Peregrina, and Francisco Corzana “Synthesis, Conformational Analysis and in vivo Assays of an Anti-cancer Vaccine that features an Unnatural Antigen based on a sp2-Iminosugar Fragment” Chemical Science 11, 3996-4006, 2020.

 https://doi.org/10.1039/C9SC06334J

 

3)      Hajime Wakui, Yoshikazu Tanaka, Toyoyuki Ose, Isamu Matsumoto, Koji Kato, Yao Min, Taro Tachibana, Masaharu Sato, Kentaro Naruchi, Fayna Garcia Martin, Hiroshi Hinou, Shin-Ichiro Nishimura “A Straightforward Approach to Antibodies Recognising Cancer Specific Glycopeptidic Neoepitopes”, Chemical Science 11, 4999-5006, 2020.

https://doi.org/10.1039/D0SC00317D

 

4)      Pablo A. Guillen-Poza, Elena Matilde Sanchez-Fernandez, Gerard Artigas, Jose Manuel Garcia Fernandez, Hiroshi Hinou, Carmen Ortiz Mellet, Shin-Ichiro Nishimura, Fayna Garcia-Martin “Amplified detection of breast cancer autoantibodies using MUC1-based Tn antigen mimics” Journal of Medicinal Chemistry 63, 7921-8650, 2020.

https://doi.org/10.1021/acs.jmedchem.0c00908

 

5)      Hiroshi HinouAniline Derivative/DHB/Alkali Metal Matrices for Reflectron Mode MALDI-TOF and TOF/TOF MS Analysis of Unmodified Sialylated Oligosaccharides and Glycopeptides” International Journal of Mass Spectrometry 443, 109-115, 2019.

https://doi.org/10.1016/j.ijms.2019.06.006

 

7 補助事業に係る成果物

(1)補助事業により作成したもの

https://altair.sci.hokudai.ac.jp/g4/JKAproject/JKA2019.htm (URL)

  

(2)(1)以外で当事業において作成したもの

特になし (URL)

 

8 事業内容についての問い合わせ先

所属機関名: 北海道大学 (ホッカイドウダイガク)

住   所: 〒001-0021

札幌市北区北21条西11丁目

担 当 者: 教授  比能 洋(ヒノウヒロシ)

担当部署: 大学院先端生命科学研究院

(ダイガクインセンタンセイメイカガクケンキュウイン)

E-mail: hinou@sci.hokudai.ac.jp

URL: http://altair.sci.hokudai.ac.jp/g4/