北海道大学大学院先端生命科学研究院 細胞ダイナミクス科学研究室(第3研究室)先端融合科学研究部門 

研究「細胞の運動を理解するための力学」

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いま解明されていること、未解明なこと

水谷 武臣(助教)

res_6_01 私たちの研究室では細胞の運動を理解する事が大きな目標のひとつですが、私はそれに力学というキーワードで取り組んでいます。

 こちらの図は、細胞の力学を中心に、いくつかの段階を経ながら、最終的に目指すゴールを示しています。

1つ目は、動物個体が出来上がる過程の仕組みを明らかにしたい。ヒトの手足、内臓などは細胞で出来ているので、その形が出来上がるメカニズムを解明したいという事です。

2つ目は、三次元的な組織をどうやって作るのか。心臓などの臓器は体内で出来ますが、では培養皿の中で心臓などを作るためには、どういう事を考えていけばいいのかな、というお話をしたいと思います。

3つ目は、これは芳賀先生の方がメインで研究されていますが、がん細胞の動きの仕組みを明らかにしましょう、という流れ。これも、力学からという所がキーワードです。

それから4つ目は、遺伝子治療です。細胞の力学と聞くと、基礎研究の色が強いと感じてしまうかもしれません。ですが、ヒトへの遺伝子治療を想定した際に、細胞の力学にも考慮する必要があると考え、この課題に取り組んでいます。細胞の運動に関連した研究課題とは異なりますので、また次の機会に詳細をお話しできればと思います。

 今、これらを可能にするために、基礎の技術を組み立てているところです。特に力を入れているのは、細胞の力を計測するための新しい方法の確立です。それを元にして、細胞たちの運動の仕組みを力学の観点から解明してゆきたいと考えています。

 まず、細胞の運動の例を幾つか紹介します。
私たちは普段活動していても「今日も細胞が一生懸命、動いてくれているなぁ」なんて感覚は全然ありませんが、実はたくさん動いています。

res_6_13 この写真はゼブラフィッシュという熱帯魚で、研究室で飼っています。背びれは、魚を食べる時にはカットされちゃうような箇所ですが、研究の対象としては面白いんです。ひれに小さく傷をつけて顕微鏡で見ると、薄っぺらいので細胞が動いているのがとてもよくわかります。血管があって体液が流れていますが、傷がつくと外から小さいウィルスやゴミが入って来ます。それらを駆逐しようとして、免疫系の細胞と言われるものが一挙に傷の方へ集まってきて、入ってきたものをやっつけてくれます。私たちが傷ついてもまったく同じで、単に血が出ているだけではなく、免疫系の細胞が傷のところに寄っていって、体の中に変なものが入らないようにしてくれています。
普段はぼんやりしているような細胞たちが、一生懸命、傷のところに動いて行って、バリアのように働いてくれる。そうでないと有害なものに入られ放題で、私たちの体はボロボロになってしまいます。これが、細胞の運動のひとつの例ですね。

res_6_10また、魚には側線(そくせん)という水流や水圧を感じるための臓器がありまして、それができるプロセスでも細胞が動きます。側線は、たくさんの細胞たちが一方向に動いて作られます。私達の体の臓器も細胞たちの運動によって作られたと思うと、魚の臓器形成過程などは、よいモデル実験なのだと思います。

 それから、良くない細胞運動の例としてがん細胞の運動を紹介します。

 右はがん細胞が正常な細胞から成る組織内を運動していく様子を撮影したものです。正常細胞と正常細胞の間にがん細胞が入り込んでいる様子が見てとれます。

このように生体内では、様々な様式の細胞運動が起こっています。細胞の運動が良い場合も悪い場合もあるわけですが、細胞の運動の仕組みを明らかにすることは重要だと考えています。

なぜ力学なのか? 今わかっていること、わからないこと

res_6_03 どうして力学から考えるのかをお話します。

 この写真をご覧ください。ガラスの入れ物に細胞を培養しているところで、一個一個が細胞です。この細胞は、途中でぐぐっと向きを変えながら、左下の方に動いていきました。

 ここでポイントになるのが物理法則です。理科で習ったかも知れませんが、細胞でもなんでも移動する物体が方向を変える時というのは、何らかの力が働かないと方向が変わらないんです。運動の第一法則ですね。これにより、細胞に対しても何らかの力が存在しなければ、進行方向を変える事は起こりえません。細胞自身が出す力もしくは、細胞に対して外から働いている力のどちらかの存在が必要です。
この実験の場合、細胞に対して水流などの外からの力が加えられているわけではありません。したがって、この細胞自身が出している力を「この方向にしよう」と変化させた事で、動く方向を変えているのだと思います。この事から、細胞の力は細胞の運動を議論する上で重要な要素であり、力学からのアプローチが必要不可欠であると考えます。

 現在、細胞の力と細胞の運動の関係について、世界中で様々な人が研究しています。そんな中でも、よくわかっている所と、ちょっとわかっていない所、ほとんどわかっていない所がありますので、簡単にご紹介しますね。

 車でいいますと、進むための動力源はエンジンで、それから進行方向を変えるためのハンドルがあります。それを細胞の運動に照らし合わせると、動力源はアクチンとミオシンに代表される分子モーターです。かれこれ30年ほど前から研究されていますので、細胞の動力源については、知見が成熟されていると考えてもよさそうです。

 ちょっとわかっていない所は一つの細胞が動く方向、車でいうところのハンドルの部分です。細胞を水風船に見立てて、その中にアクチン、ミオシン、分子モーターなどのタンパク質を入れてやると力が出ますが、それがどうしてあっちこっちに動くのかは、わからない。普通に考えたら、それぞれの方向に動こうとする力が釣り合って動かない事も予想されるのですが、そうはなりません。細胞の中で、ある方向にはたくさん動く力を出して、その他の方向にはあまり出さない、といった空間的な制御をしないとまともに動けないはずなのですが、その制御を行っている仕組みは何なのかがグレーゾーンです。
分子モーターを制御するような別のタンパク質があって、その存在の仕方が偏っている、それによって分子モーターが活躍するようだ……という事は、わかりつつあります。でも、なぜ偏るんだろう、という所はよくわかっていません。

res_6_04 最後に、ほとんどわかっていない所をお話します。先ほどの例では、一個の細胞が左下に動いてから、向きを変えました。この動き方は、無作為にサイコロを振り続けるようなランダムな動き方、という風に考えられています。
一つの細胞の運動に関してはこれで理解できますが、よくわからないのは多細胞の運動です。ゼブラフィッシュでお話した側線の作られ方は、細胞がこぞって同じ方向に動いていました。あれもランダムに動いてもいいはずなのに、みんな揃って動きますが、それはどうしてなのか? その仕組みを解明するところには、まだ全然届いていません。

 私たちの体はとても再現性が高く、もちろん個体差はありますがどの赤ちゃんを見てもほとんど目、手、心臓はこうなっている、という決まった形が出来上がります。それはおそらく、何らかのルールに従って出来ています。細胞達にランダムに動かれると、そうはなりません。しかし、ランダムでないとしたら、どういう仕組みで細胞たちが統率のとれた動きをするのかがわからない。それが今、もっとも未解明な点です。この細胞たち、特に多細胞たちがランダムの動きをせず、同じ方向に動く事にはどんな原因があるんだろう、という所を明らかにしていくのが大事な所だと思っています。

 ここまでで、大枠の疑問と、どんな所に着目してトライしようとしているのかをお話しました。

細胞の力を観測する方法をつくる

 細胞が出している力を情報として扱うにはどうしたらいいか、どう観測すればいいかという事で、観測方法の確立にチャレンジしました。細胞は一生懸命、動いたり増えたりしますが、その時に細胞が出している力を測定するために考えたのが、この手法です。

 プルプルのゼリーを下地に用意して、細胞を置きます。
あるタイミングで、細胞が出している力を消す薬を、培養液の中に入れます。細胞の出す力の薬理的な仕組みについては昔からの研究でよくわかっている部分ですので、薬剤投与によって細胞の力を抑制することが出来ます。すると、細胞の形が崩れて、同時に下地のゼリーがふっと緩みました。

 これは、力を阻害する薬によって、下地に働かせていた力がリリースされたことを意味します。つまり、細胞がゼリーを掴んでいたのを離した感じになります。

 ここで、細胞が出していた力を数値化するため、画像相関という考え方を使いました。画像と画像の間で、似ている部分を数値演算で探し出すプログラムです。

res_6_05 時々刻々と撮影しますと、ゼリーの下地の画像が並んでいきます。ある時刻とある時刻を見比べれば、「この辺りは細胞の集まりが作る模様がだいたい同じだね」、と照らし合わせられますよね。細胞の力をなくす前と、なくした後の画像を並べて、「前はここにあったパーツが、力をなくした後だとこの場所になりました」、という箇所を探せば、変形が客観的に評価出来るのではと考えました。変形する前と変形した後で、模様がどこに行ったかを探し当てて、それに対して移動先に向かって矢印を引きます。それがこの図です。
矢印が、空間的に色んな向きを向いています。単純に平行移動したという感じではなく、ちょっと歪んだように動いているのがお分かりいただけると思います。こんな感じで、細胞が出している力を評価すると良いのではと思っています。

 次にこの力測定の技術を、細胞たちがみんなで運動する際に当てはめてみました。ここでは30個くらいの細胞から成る細胞集団に対して、個々の細胞の核を光らせています。
核は細胞の中で基本1個だけ存在するパーツだと考えられていますので、核がどう動くかを追いかければ、その細胞がどういう動きをしたのかがわかります。

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 右の図は、細胞たちの動きの情報です。まだ細胞サンプルの作り込みを工夫している所なのですが、これは見ていて面白いです。
核を追う事で、この細胞が最初はあっちに居たのが、どういう風にこっちに来たのかな、という情報がトレースで得られます。それぞれの細胞がマーキング出来て、それがどういう軌跡をたどったのかが、情報として取得できるようになってきました。

それから下地の変形です。この瞬間、下地は押される方向に変形していた、というのがわかる絵になっています。真ん中はあまり変わりませんが、出っ張った辺りが外側に変形しているのがわかります。

 細胞が一斉に動く時の力、下地の変形、力を出している細胞との対応。これらの解析が出来るようになってきた事で、細胞が動くという事が、より具体的に見えてくるのではないかと思っています。

これからのチャレンジ、将来の展望

 さらに今、チャレンジしている事をお話しますね。

まだお見せできるデータはないのですが、個体が出来るメカニズムを解明する事と、三次元で形態形成をする制御を力学でしたいという事についてです。

 個体が出来るメカニズムは、新聞などでご存じかと思いますが万能細胞というものがありまして、ES細胞、iPS細胞と言われる細胞ですね。それで「心臓や神経細胞みたいな、難しい細胞が作れるんですよ」なんて話を耳にすると、「もうすでに、心臓なんかは作れるんだろうな」というイメージがありますが、実はそんなに簡単なものではありません。現状としては、万能細胞に用途に応じた適切な操作を加えることで神経細胞、筋肉の細胞、それから心臓の細胞などを作ることが出来ている、という状況です。ですからたとえば心臓をひとつ丸ごと、弁と心房が適切に空間配置されているような形に作り上げるような事は、まだ全然出来ていません。この三次元的な物を作るというのが目下、大事な問題です。

 そこで私は、個体が出来る時のプロセスに注目しています。生き物は細胞1個の所から始まって、私たちも精子と卵子が合わさった細胞からスタートして、すごい細胞の分裂を繰り返してこの形が出来ています。その過程を詳しく見ていく事で、色々な臓器が出来るプロセスが理解出来き、ひいては、万能細胞を使って臓器を作る時に役立てるのではと考えています。今私は培養細胞をメインに扱っていますが、もう少し個体というステージを考えなくてはいけないのかなと思い、動物個体の研究を始めました。

res_6_09 写真は魚の卵です。一細胞の状態から開始して、細胞分裂が起こって、徐々に小魚の形になってきます。最初は細胞達が集まっただけで、一見ただの肉団子っぽい形ですが、観察を続けていると、卵の中に背骨のようなものが現れ、次第に目や尻尾も出来ていきます。中央は黄身で、その周りの細胞が分裂し、さらに特殊な筋肉の細胞や骨の細胞に分化しながら、小魚になってゆく過程が観察出来ます。近年、受精卵や臓器などの厚みのあるサンプルに対して、深部まで詳細に観察できる顕微鏡が開発されています。そのようなシステムも採用しながら、どのような仕組みに基づいて個体や臓器といった複雑な形が出来ていくのかを考えるのが大事だと思っています。

 また、形態形成をこちらの意図の通り制御するために、三次元での力学を制御する技術を開発する必要があります。近年、空間内の限られた場所でタンパク質の発現を制御したり、タンパク質の活性を変化させたりすることができる技術開発が進んでいます。これらの技術を上手く取り込みながら、力学の制御を可能に出来ればと考えています。

 ここまでのまとめと将来的な展望をお話しますと、細胞たちが集団で動くルール・仕組みを力学から明らかにする事、それから万能細胞を使って複雑な形や個体を作り出すチャレンジの中で力学をうまく制御していけば、新たなステップに繋がる可能性があると考えています。それが主な研究の流れ、ゴールになります。質問などありましたらどうぞ。

質疑応答

――細胞を複雑な形に導くにあたって、力学からの着眼点は、一般的なアプローチなのでしょうか?

 いいえ、細胞内の分子を活性化・不活化させるような薬剤を添加したり、遺伝子発現を抑制させたり、するようなアプローチが主だと思います。ですが、細胞が増えたり動いたりする速度と薬剤が拡散するスピードはずいぶん違いますので、そういった事からもちょっと違うアプローチをしたいなぁという所が、力学という余地であると考えています。

 むしろ、たいてい細胞や生き物は、あまり力学を扱わないスタンスで説明するのですが(笑)、この一般的でない切り口が良い所で、研究の特色なのかなという感じです。

――力学に着目されたきっかけは、どういうものでしょうか?

res_6_12 川端先生も芳賀先生も私も、物理出身なんです。その中で、生物の研究をされてきた方々とまったく同じアプローチをすると確実に埋没するなぁ、というのが物理屋の考えとしてありました。なぜなら技術的にも考え方的にも、そういった方々はこれまで生物のコースを辿りながら、あるいは授業をしながら過ごして来られたその中で、最終的に「自分の研究はこうだ」と表現されている訳なので、後から私たちがそれを真似してもたぶん追いつかないだろうというのが、やっぱりあります。

 そこで、物理のアプローチを少しでも入れながら細胞や生き物を議論していくにはどうしたらいいのだろう、という事を今もずっと考え続けているのですが、そのプロセスがここに現れていると思います。

 ですから逆に、生物を専門にされてきた方からは「面白いね」ですとか、「そういう技術や考え方を使ってコラボがしたい」というお声をいただく事もあり、「ありがとうございます!」という感じです。やはり、従来のスタンスだけで全ての生命現象が説明出来るなら、それはハッピーなのですが、やはりこの生き物が出来ていくプロセスを議論するには、「う~ん、何か、足りないよねぇ……」と思われるところが、何かしらあるのだと思います。今までの方法では、これとこれは限界なのかな、という所を感じながら研究されていて、物理などが出来る人とコンタクトを取りながら、あるいは仲間に入れながら、研究のすそ野をちょっと広げていこう、という考えの方々がいると思います。ありがとうございました。

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