北海道大学大学院先端生命科学研究院 細胞ダイナミクス科学研究室(第3研究室)先端融合科学研究部門 

研究「集団で動く細胞(1)上皮細胞の折り返し運動」

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好きな形の細胞チューブも作れる実験とは?

細胞が生き物の形を作るお話の後、研究テーマである細胞の折り返し運動を見ていただきます。また、今後の展望についてもお話します。

細胞は集団で動き、生き物の形を作る

res_3_02 まず、細胞が生き物の形を作るお話をしますね。
人間の体は、肺や脳といった臓器が集まってできています。臓器は、細胞などが集まってできています。細胞は、タンパク質などがたくさん集まってできていて、タンパク質は、DNAという設計図を元に作られています。
細胞の中では、このたくさんのタンパク質が、車でいうタイヤやギアのように色々な部品として働いてくれることで、生き物は生きています。

 臓器には脳、胃、肺など、色々な形がありますよね。
それらは細胞からできているのですが、細胞の種類や集まり方によって、形が変わってきます。
第3研究室ではこの「形」というものに着目し、細胞がどうやって形を作っているのかを調べています。

res_3_02 私たちが研究対象として扱っているイヌの腎尿細管上皮細胞(MDCK細胞)は、周りの環境によって細胞集団の形を変えることが知られています。平らなコラーゲンゲルの上に細胞を撒くと、シート構造と呼ばれるペラペラの紙みたいな形を作るのですが、ゲルの中に埋め込むと真ん中に穴が開いたような管状の、血管のようなチューブ構造を作ります。単にゲルに乗せたときとは形が違うんですね。

 さらに、培養の途中で環境を変えても同じように形が変化することが1982年に報告されました。細胞がいったんシートを作った上にゲルを流し込むと、そこから形が変わるんです。このことは、仕組みが全然わかっていなかったので、研究テーマとして選びました。

折り返し運動の発見

 こちらはシャーレを上から見た図です。
時間をかけて動画を撮影しました。ご覧のように両端から細胞が動いて丸まっていって、上で繋がって最後に口を閉じる……という感じで、動くんですよ。面白いですよね。
次に、個々の細胞がどのように動いているのかが知りたくて、断面図の動画を撮りました。

 こちらはスライスして横から見た動画で、この緑の1個1個が細胞です。もともとは横に広がってシート状になった細胞が、シートを折り返すことで最終的にチューブ構造を作るため、私たちはこれを「折り返し運動」と呼んでいます。

 どのように形が作られるかが分かりましたので、次に、この折り返し運動に関わっている要素について調べました。

細胞が生き物の形を作る


res_3_05
 仕組みを調べるために、3つの点に着目しました。
1つ目は、細胞が運動する能力それ自体。2つ目は、細胞の極性(きょくせい)。極性とは、タンパク質が適切な場所にいることをいいます。たとえば、車はタイヤやハンドルが決まった場所に付いていますが、「極性が壊れる」ということは、タイヤが座席の上にあったり、ちゃんとした所で働いてくれない、という感じになります。3つ目が、細胞の周りの軟らかさです。これはゲルとガラスを使って実験しました。

res_3_07 まず、1つ目。細胞が運動する能力を調べる実験では、インテグリンβ1(ベータワン)という運動に関わるタンパク質があるのですが、その働きを止める薬を入れました。上が無処理の画像、下がそのAIIB2(エーツービーツー)という薬を投与したものです。無処理だと18時間で折り返し運動が完了していますが、AIIB2を入れると半分ほどしか進んでおらず、うまく動けていません。この結果から、折り返し運動には個々の細胞の運動が必要ということが分かりました。

 次に2つ目。極性を壊す実験ではTGF-β1(ティージーエフベータワン)という薬を使いました。TGF-β1を入れると、細胞がもうバラバラに動いてしまって、折り返し運動は見られなくなります。これで、極性も大事だと分かりました。

 最後に3つ目。細胞の周りの軟らかさに関する実験では、軟らかい環境としてゲルを使い、硬い環境としてガラスを使いました。

 なぜこれに着目したかといいますと、2005年に芳賀先生が発表した論文がありまして、同じMDCK細胞を使って、細胞の周りの硬さで運動が変わるという現象を報告しているんです。周りが硬いとただ増え続けるだけなのですが、軟らかいところに置いてあげると、リーダー細胞という細胞が現れて集団を先導することが分かりましたので、「それじゃあ、折り返し運動にも周りの硬さが関わっているのかな?」と考えました。

 折り返し運動を観察する際は、ゲルの上に細胞を撒いて、さらにその上からゲルを乗せるのですが、ガラスの上に細胞を撒いて、ゲルを乗せることにしました。その結果、折り返し運動は起こりませんでした。逆に、ゲルの上に細胞を撒いて、ガラスを被せても折り返し運動は起こりませんでした。この実験から周りの軟らかさも必要だということが分かりました。

  以上をまとめますと、MDCK細胞は折り返し運動によってチューブ状の構造を作ります。その折り返し運動には、細胞の運動、極性、周りの軟らかさが必要であることが分かりました。

好きな形の細胞チューブも作れる実験とは?

res_3_09 今後の展望なのですが、ちょっと面白い発見があります。

 こちらの画像は、細胞をシート状に培養したあと、ハサミで切るみたいにチョキチョキ切り取って、L字型にしたものです。これをゲルの上に置いてまたゲルを被せると、この形に沿って折り返してくれるんです。

 そして、なんとL字型のチューブができました。
こちらは上から見た断面図で、赤色の線の所で切っています。中空に丸い筒があって、L字型にできています。

 そこで、Lができるなら何だってできるだろうということで、これは芳賀先生が「LOVE計画」と名付けたのですが、画像のように色んな形の筒をつくることに成功しました。

res_3_10 人間の体って、色んな形のチューブ構造がありますよね。血管や消化管もそうですし、肺なども全部チューブでできているので、様々な形のチューブを作ることができれば、再生医療にも役立っていけるのではないかと思っています。


S. Ishida, et al., PLOS ONE, 2014

 実用化にはまだまだ難しい部分がありまして、例えば、細胞はどんどん増えるので、このまま放置しておくとチューブが細胞で埋まってしまうときがあるんです。
増え方を制御できれば、また1つ前進すると思います。ありがとうございました。

この研究の論文を読む(英文)Epithelial Sheet Folding Induces Lumen Formation by Madin-Darby Canine Kidney Cells in a Collagen Gel

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