細胞にもリーダーがいる! その性質を探る
細胞の集団運動がどうやって起きているのか、そのメカニズムを調べています。
イントロダクションとして、細胞は動くというお話をします。人間の体は約60兆個の細胞から作られています。細胞は生命の最小単位として、ひとつひとつが生命活動を行っています。そして、それぞれの細胞が自律的に動くことはわたしたちの生命維持にとって必要不可欠です。
たとえば、これはとても有名な動画の一部で、バクテリアを追跡する好中球(こうちゅうきゅう)が写っています。小さな黒い点がバクテリアで、平たく大きいのが好中球、数が多く丸いのは赤血球です。好中球とはバクテリアを食べる白血球の一種で、バクテリアをずっと追い回し、最後は体内に収めて分解してしまいます。なぜこのようなことが起きるかと言いますと、好中球がバクテリアの出す化学物質に反応し、その方向に動くためだと考えられています。有害なバクテリアも多いですから、このように、細胞が運動しなければ生命は維持できません。
この写真にはひとつの好中球が写っています。そこで、細胞はいつも一つずつバラバラなのかというと、それは違います。多くの細胞が、別の細胞と一緒にいます。たとえばカエルの初期発生では、はじめ一つの受精卵から始まり、卵割を繰り返すことで割球の数が増えて、やがて数えきれないほど多くの細胞から成る胚となります。ヒトも同じで、細胞は常に別の細胞に囲まれているような状態です。血液細胞のように血流の中にいる細胞は単一でいることがありますが、多くの細胞は隣の細胞と接していて、たとえば満員電車の中にいるようなイメージです。
上皮細胞(じょうひさいぼう)という皮膚の一番上の細胞は、模式図のように細胞が一個一個並んで隣同士とくっつきあい、30人31脚のようにがっちり肩を組んでいます。
このように隣の細胞とがっちりくっついていることはとても重要です。皮膚は常に外からの刺激にさらされています。上皮細胞同士が隙間なくくっついていないと病原体が体に入ってしまいます。裏を返せば、上皮細胞は隣同士でくっついて、バリアの役割を果たしているわけです。
しかしながら、カエルの例でもわかるように、受精卵から成体になる途中では、そのような密にくっついている細胞も動かなければなりません。しかし、30人31脚を思い出していただくとイメージしやすいように、隣の人とがっちり肩を組んでみんなで動くのは難しい現象です。そこで、このようにしっかりくっつきあった状態でどうやって細胞が動くのか、細胞集団に何が起きているのかを探るという事が、この研究の内容です。
リーダー細胞の登場
N. Yamaguchi, et al., Sci Rep, 2015
ここからは、具体的な研究のお話になります。この研究では、イヌ腎尿細管上皮細胞(MDCK)という細胞を使っています。これは上皮由来の細胞ですので、細胞同士が隙間なくがっちりくっついています。これを培養皿に撒くと、細胞同士はくっついて細胞シートになります。しばらくすると、とつぜん先頭を歩く大きな細胞があらわれ、周りの細胞とみんなで同じ方向に運動を始めます。この大きくて特徴的な細胞のことを、私たちは「リーダー細胞」と呼んでいます。
このように、細胞同士がくっついた状態で、みな同じ方向に動く現象のことを、細胞の集団運動と言います。この現象はよく知られていて、世界中で研究されています。
リーダー細胞の後ろにくっついてくる細胞は、リーダーをフォローする(ついてゆく)事から「フォロワー細胞」と呼ばれます。フォロワー細胞たちはリーダー細胞に率いられる形で、集団で同じ方向に動きます。この画像では、細胞が次に進む方向を色で表現しています。リーダー細胞がいるときは、ほとんどの細胞が緑と黄色の色になっています。これは、この画像のなかで、0度から45度くらいの方向に向けて運動していることを表しています。そこで、リーダー細胞を人工的に消してしまったらどうなるのか、という実験をやりました。
リーダー細胞が消えてしまうと、どうなる?
N. Yamaguchi, et al., Sci Rep, 2015
顕微鏡で見ながら、ガラスの針でプチッとリーダー細胞を突き刺します。すると、リーダー細胞だけが死に、そこで集団運動がストップしました。リーダー細胞が示していた進行方向がなくなってしまい、フォロワー細胞はそれ以上前に進めなくなって、渋滞のような形になりました。後ろのフォロワー細胞たちは、ぐるぐると、バラバラの方向に動くようになりました。
ここでは運動の速度も計算しまして、リーダー細胞がいなくなると、運動の速度も遅くなる事がわかりました。
これらの事から、細胞の集団運動でのリーダー細胞の重要性が考えられました。リーダー細胞は、おそらく運動の方向を決めていて、なおかつフォロワー細胞たちを引っ張っているのではないか、という事がわかりました。リーダー細胞を除いてしまった後に、別の細胞がリーダーになることもあります。しかし、どうしてリーダー細胞が現れるのかはまだわかっていません。これは、大きなクエスチョンとして、現在進行形の研究テーマです。
リーダー細胞の特徴とは
次に、リーダー細胞の特徴についてお話します。リーダー細胞は、フォロワー細胞の前で活発に運動します。このことから、リーダー細胞には、フォロワー細胞に比べて活性化しているタンパク質があるのではないかと考えました。例をあげますと、リーダー細胞はフォロワー細胞よりも大きなエンジンを積んでいるのではないかということです。そのエンジンは何か? というのが次の問いでした。
細胞が動く時に必要なRac1(ラックワン)というタンパク質があります。これはスイッチのようなものと考えて下さい。わかりやすく言いますと、Rac1がオンになると細胞運動が活性化されてよく動くようになり、逆にオフになると、細胞は動かなくなります。
そこで、遺伝子組換え技術と緑色蛍光タンパク質の技術を使って、スイッチがオンの時のRac1だけを光らせるようにしました。
下村脩先生がGFP(緑色蛍光タンパク質)をオワンクラゲから分離しましてノーベル賞を受賞されましたが、その技術です。これで、細胞の中でスイッチがオンになったRac1の場所がわかります。
観察しますと、リーダー細胞の先頭部分に、スイッチオンのRac1が集まっているとわかりました。後ろのフォロワー細胞は、そうでもありません。色味が蛍光の強さを表していて、カラーバーの上に行くほど(白に近づくほど)強くなります。リーダー細胞では、先頭が白とオレンジで後方が水色から青というように、運動の方向に対して、スイッチオンのRac1がグラデーションになっているのがわかりました。
N. Yamaguchi, et al., Sci Rep, 2015
では逆に、運動の途中で、Rac1のスイッチをオフにしたらどうなるのかと考え、そのような実験を行いました。運動中にRac1のスイッチをオフにする薬を入れるとリーダー細胞は小さくなって動かなくなり、フォロワー細胞はぐるぐる回っていました。薬を洗い流してあげると、ふたたびリーダー細胞は大きくなり、集団運動が回復しました。これで、Rac1のスイッチがオフの時には集団運動ができないとわかりました。
次に、細胞の中にある、Rac1のオンとオフのスイッチの割合を変えるような実験をしました。図の中の赤い細胞はスイッチが正常なRac1を持っています。緑色の細胞は、外からオフのスイッチをたくさん入れて、ほとんどオフのスイッチしか持っていない状態にした細胞です。そこで三通りの培養をしてみました。
一つめは、正常なスイッチを持っている赤の細胞だけ。二つめは、オフのスイッチばかり持っている緑の細胞だけ。三つめは、赤と緑の細胞を1対99で混ぜました。
すると、赤い細胞つまり正しいスイッチを持っている細胞だけの時は、だいたいひとつの環境から13ぐらいリーダー細胞が出てきました。一方、オフのスイッチばかり持っている緑の細胞では、ほとんどリーダー細胞が出てきませんでした。赤と緑が1対99という割合で、赤の細胞を極端に少なく混ぜたものでは、赤の細胞がリーダー細胞となり集団運動しました。
これにより、Rac1が正常に働かない限り、リーダー細胞にはなれないという事がわかりました。
また、Rac1に加えて、二つのタンパク質に注目して同じような実験をしました。細胞内のタンパク質は互いに関係し合っています。それは、スイッチを順番に入れていくようなイメージです。最初のスイッチを入れるとひとつ電灯が点いて、するとその隣の電灯がついて、とこのような仕組みをシグナルカスケードといいます。今回はわかりやすくRac1に絞ってお話させてもらいました。
まとめますと、MDCK細胞を飼っていますと、リーダー細胞が出てきて、フォロワー細胞を連れるように集団運動を起こします。リーダー細胞は集団運動にとって重要な存在で、リーダー細胞であるために必要なタンパク質があるという事がわかりました。
しかし、ここまでの内容ですと、「Rac1が活性化しているからリーダー細胞になるのか、それともリーダー細胞になるとRac1が活性化するのか?」わかりません。そのため、次の課題として、リーダー細胞になるためのトリガーとなる性質を探しています。ありがとうございました。
この研究の論文を読む(英文)Leader cells regulate collective cell migration via Rac activation in the downstream signaling of integrin β1 and PI3K