ヒト由来、炎症反応に関わるタンパク質MRP14X線結晶構造解析

 

近年、ヒトゲノムの解析が終了しました。その情報を基に、病気の原因となっているタンパク質の働きを亢進させたり阻害したりする医薬品を作るための手がかりを得ようとする「ゲノム創薬」という言葉が良く聞かれるようになってきました。タンパク質の働きを原子のレベルで直接的に理解する手がかりを与えてくれる「立体構造解析」は、そうしたゲノム創薬の場においても強力な手段として活躍しています。

 

最近、私たちは炎症反応に関わるタンパク質、MRP14の立体構造解析に成功しました。

 

私たちヒトを始めとして生物は、体内に入り込んできた外界からの異物(例えば病原菌など)を取り除き自分を守る為のシステムを有しています。体内で異物が発見されると、それら異物を食べて分解する細胞(マクロファージや白血球などの、貪食細胞と呼ばれる細胞の一群です)がその場に集まって来て異物を取り除こうとします。この時、異物と貪食細胞との争いの場となった体内組織はしばし熱を持って腫れ上がり「炎症」を起こす事があります。炎症が起こると、それまで血管内を自由に移動(遊走)していた白血球の一種である好中球が血管から組織内部へとしみ出し、異物や異物によって傷ついた細胞を取り除き、その後傷の治癒が始まります。

 

私たちがX線結晶構造解析法により立体構造決定に成功したMRP14は、こうした炎症の他リューマチなどの炎症性疾患に見舞われた組織、細胞内で大量に作られるタンパク質です。このタンパク質はEF-handと呼ばれるカルシウムイオン結合モチーフを有するカルシウム結合タンパク質で、前述の好中球の血管外への移動を促すインテグリンと呼ばれるタンパク質を活性化する事が明らかになっているなど、炎症反応に重要な役割を果たしていると考えられていますが詳しい働きはまだ良く分かっておらず、その立体構造に興味が持たれていました。

 

今回2.1 Å分解能で解析されたMRP14の立体構造解析によると、本タンパク質のお尻は長い尻尾の様になっており、また、このタンパク質のヒンジと呼ばれる領域にはCHAPSという界面活性剤分子が結合していました(図1)。尻尾のようにフラフラとしている部分は、遊走中の好中球をその場に留まらせる働きを持つ他のタンパク質と全く同じアミノ酸配列を持つ部分である事から、MRP14がこの尻尾を使って好中球に何らかの働きかけをしていそうな事が予想されます。またCHAPSの結合については、MRP14と同じ場所でリガンド(特異的に結合する物質)を結合していた他の類似タンパク質との比較より、このヒンジ領域が本タンパク質のリガンド結合部位である事が予想されました(図2)。

図1:MRP14立体構造のリボンモデル。2つのMRP14分子(青色、赤色)が一組になった状態(二量体)で機能します。C末端部分の点線(一分子当たり114個のアミノ酸から構成されているうちの87番目のアミノ酸以降)はフラフラしている尻尾の部分を、黄色い球はEF-handモチーフに結合したカルシウムイオンを表しています。ヒンジ領域に結合したCHAPS分子は緑色で表示してあります。

 

 

 

 

図2:MRP14と、その類似タンパク質S100A11A10との立体構造の比較。ANNEXINはそれぞれA11A10のリガンドで、そのリガンドとの結合に関与しているアミノ酸を黄色で示しています。三者とも似た性質を持つアミノ酸によってリガンドと結合していた事から、MRP14もこれらタンパク質と同様に、このヒンジ領域でリガンドと結合する可能性が非常に高い事が明らかになりました。