構造ゲノム科学






生物のゲノムには生物が生命を維持して行くために必要な機能を含有した情報が蓄積されている.これらの機能は通常,蛋白質というかたちで表現されており,生命活動はこれら蛋白質の機能が複雑に相関し合ってさらに高次の機能を有するシステムを形成していることで維持されている.蛋白質はそれぞれ固有の機能を有しており,これらの機能は一般的に蛋白質の3次元構造に起因している.

生命現象の総合的な理解を目指すためには蛋白質を中心とし,核酸,脂質,糖などの生体高分子や,リガンドなどとの分子間相互作用のネットワーク,すなわち生体内パスウェイを明らかにしていく必要がある.そのためには核酸におけるゲノム配列解析に象徴されるような,マクロな視点による分子生物学的アプローチが,生体内イベントにおいて重要な役割を担っている蛋白質においても行われなくてはならない.これらのうち構造生物学的手法を用いたアプローチが構造ゲノム科学(structural genomics)である.構造ゲノム科学では生体内の全蛋白質の立体構造を解析することによって蛋白質立体構造と蛋白質の機能の関係を明らかにし,それらを総合的に解析することにより,生命現象を理解しようとするものである.このアプローチでは迅速かつ正確に,またシステマティックに蛋白質の立体構造を決定することが重要となる.

また,構造ゲノム科学では機能が未知の蛋白質も含めて,ある生物が有する蛋白質を全て構造解析する,これにより機能未知の蛋白質についても立体構造の面からその機能について何らかの予測が立てられるのではないかと期待される.また,立体構造と蛋白質の持つ機能の相関についても何らかの知見を得ることができるのではないかと予想される.また,さまざまな機能をもつ蛋白質の立体構造が解析され,立体構造の情報が蓄積されるためにアミノ酸配列からの立体構造予測の正確さが増し,一次配列からの機能同定の進歩も期待されている.

このように,構造ゲノム科学プロジェクトの中心は蛋白質立体構造解析である.現在,蛋白質の立体構造解析には主としてX線結晶構造解析法と核磁気共鳴法があるが,生体内におけるすべての蛋白質の立体構造を解析するためには巨大蛋白質,および生体超分子複合体の解析を行う必要があり,そのためには比較的高分子量の蛋白質の立体構造をルーチン的に解析できるX線結晶構造解析は不可欠である.X線結晶構造解析においては位相問題が重要な問題となるが,放射光の波長可変性と,セレノメチオニン原子の異常分散効果を利用した多波長異常分散法(MAD法)により,概ね計画的に解決することができ,この方法を用いることで迅速に構造解析することができる.

私たちの研究グループでは構造ゲノム科学研究のモデル生物として,我が国において単離され,ゲノム解析が行われた超高度好熱古細菌Pyrococcus horikoshii OT3を用いている.ゲノム解析は経済産業省製品評価技術センターバイオテクノロジーセンターにおいて行われた.生命誕生の頃の地球は現在より高温で酸素濃度が非常に低かったことから,原始生命は嫌気性の好熱菌であると考えられている.古細菌は真核生物の有する生物マシーナリーを有しており,真核生物の生命現象解明の糸口を与えてくれると期待されている.また,好熱菌由来蛋白質は蛋白質の有する熱安定性から結晶構造解析に有利であり,構造ゲノム科学研究のモデル生物として最適である.