バイオ材料の生合成機構


セルロース生合成

 セルロースは自然界で最も豊富に存在する多糖であり,生物が過去の長期間にわたって利用してきた天然の高分子である.中でも酢酸菌によって産生されるバクテリアセルロース(BC)は,高純度,高強度,高保水性などの性質を有することから,医療や工業用の新規材料として注目されている.既に,人工血管,骨組織修復の人工材料,創傷被覆材料などの組織工学あるいは再生医療用材料として利用されている他,先端的工業材料として幅広い応用研究がなされている.
 酢酸菌のセルロースは,ターミナルコンプレックス(TC)と呼ばれる膜結合型超分子複合体において合成される.この合成系では,同一オペロン上にコードされた4種類の蛋白質CeSA(BcsA),CeSB(BcsB),CeSC(BcsC),CeSD(BcsD)が,UDP-グルコースからBCを合成する触媒ドメイン,c-di-GMPによる制御ドメイン,グルカン鎖を細胞外へ分泌する膜貫通孔形成ドメインを構成し(図1),これらの要素が協調的にはたらくことで,BCの合成から分泌までの一連の作業を行っている.私たちは,X線結晶構造解析を中心的な研究手段として,TCのはたらきの全容を原子レベルで解明し,医療,工業材料として利用できるBC生産株を創生するための詳細な分子基盤情報を提供することを研究の目的とする.

図1. 酢酸菌のセルロース合成酵素オペロン(左)とTCの模式図(右)

AxCeSD(GxBesD)

 私たちは,世界に先駆けて,酢酸菌由来のTCの構成成分であるCeSDの立体構造解析に成功し,CeSDが環状の八量体構造を形成していることを明らかにした.また,その構造に基づいて,(A2B2)4C8D8という分子量が2.5 MDaを超える超分子TCのモデルを提案し,CeSDの環状構造体を通ってBC鎖が排出される機構を提出している(PNAS, 2010).

GxBcsC-TPR(CeSD-TPR)

 TC構成成分であるBcsCは外膜に局在し,ペリプラズム中に突出した可溶性のTPRドメインと膜貫通ドメインの2つのドメインから構成されている.私たちは最近,TPRドメインの一部の結晶構造および全体の小角X線散乱モデルの決定に成功した(Scientific Reports. 2017).一般的なTPRドメインはαヘリックスが複数個集まってスーパーヘリックスを形成し,他のタンパク質と相互作用するが,BcsCのTPRドメインは,いくつかのスーパーヘリックスが柔軟なループで繋がった構造をしており,自由に形を変えられることが判明した.この自由に動く構造は内膜側で合成されたセルロース鎖を外膜側へ輸送する機構に関わっている可能性がある(図2).

図2.BcsC-TPRの結晶構造(リボン)と小角X線散乱モデル(橙球)

セルラーゼ CMCax

セルロースは地球上に最も大量に存在するバイオポリマーであるが,その生合成メカニズムは未だ明らかになっていない. Agrobacteriumおよび植物においては,セルロース合成に関与するセルラーゼは細胞膜にアンカーされており,脂質結合型 セロオリゴ糖から脂質を取り外し,セロオリゴ糖の伸長反応を促進する役割を担っていると推測されている.私たちは, 酢酸菌由来のセルロース合成に必須であるセルラーゼCMCaxの構造解析を行い,基質結合クレフトの糖鎖還元末端側が大 きく広がっていることを発見した.また免疫染色実験の結果,CMCaxの細胞表面への局在を明らかにした.これらの結果は, CMCaxが膜アンカー型セルラーゼと同様の機能を果たしている可能性を示唆している.

バイオプラスチックの合成

現在利用されている汎用プラスチックは,主に石油から合成されているが,石油資源の枯渇が懸念されていることから,バイオマスを原料とした生分解性プラスチック(バイオプラスチック)が注目されている.ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は,バイオプラスチックの一種であり,自然界においては,土壌細菌によって産生される.土壌細菌は,炭素源が豊富な環境下で生育すると,エネルギー貯蔵物質としてPHAを合成し,細胞内に蓄積する.PHAは熱可塑性の物質で,機械的性質や熱安定性は汎用プラスチックとして使われているポリエチレンに類似しており,応用が期待される.本研究室では,PHAの合成に関わる一連の蛋白質に着目し,その構造・機能解析を行っている.

図1: PHAの構造式